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第一〇話 元・《魔王様》、一日を総括する

 ジニーの一件が解決を迎えた後。俺達は上の階層へ戻るべく、移動を開始した。


 階層主の間を抜け、通路を行く。

 目的地は転送室である。


 人の手で管理されている迷宮には例外なく一定階層ごとに転送室があるものだ。その部屋へ入り、特定の術式を発動することで、任意の階層にワープできる。


 このダンジョンにもそれがあることを祈りながら、俺は二人を伴い、歩を進めていく。

 その道中のことだった。


「……なにコレ? 扉?」


 我々は謎の扉を発見したのである。

 巨人用かと思うほど大きなそれには鍵穴があり、


【鍵がかかっている!】

【開けるにはアルマタイト・キーが必要です】


 ……開かぬと言うなら、この扉に用はない。俺達は先を急いだ。


 そこからの道中は平穏そのもので、目的の転送室へと普通に到着。

 俺達は一階層へと戻り、担当講師とオリヴィアのもとへ帰還した。

 そこには既に他の生徒達も集まっていて、こちらを凝視している。きっと凄い成果を期待してるのだろう。


 残念だったな、諸君。ミノタウロスの体は焼却処分した。素材は剥ぎ取ってない。

 今回こそは普通の成績を残し、晴れやかな気持ちで終わらせていただく。


「三人ともお帰り~~~。早速素材の方を確認させてもらおうかな~~~」


 おっとりした講師に、イリーナが得意げな顔をして三人分の皮を見せる。


「これは合格~~~。これも合格~~~」


 ダンジョンの内部では入手したアイテムの価値が判然とするのだが、それはあくまでも入手したとき限定の話。そのため虚偽の価値報告が可能である。

 しかしながら、ホビット族にそれは通じない。彼等が有する《固有技能(スキル)》、鑑定眼は、あらゆるアイテムの価値を見極めることが可能なのだ。


 そんなホビットの講師だが、特別おかしなリアクションをする前兆はない。

 勝った。今回こそは俺の勝ちだ。これでオリヴィアの疑惑も少しは晴れ――


「~~~~~~ッッ! な、なんじゃこりゃあ~~~~~ッ!?」


 ――えっ。


「か、価値三〇〇~~~ッ!? じょ、上級素材のレベルじゃないかぁ~~~ッ!?」


 ………………

 …………

 し、しまったあああああああああああああ! 

 と、特殊な方法で剥ぎ取った皮を捨てさせるの、忘れてたあああああああああああ!

 い、いや! 待て! まだ間に合う! まだ言い訳が間に合――


「こ、これはいったい、どういうことなの~~~ッ!?」

「ふっふ~んっ! それはね、アードが剥ぎ取ったものよっ!」

「その皮は特別な剥ぎ方をしたんですっ! アード君がっ!」


 お~い! なんで言った!? なんで言った!?

 約束しただろ! 他言無用でお願いしますって!


「アッ、アード君! この僕を弟子にしてくださ~~~い! お願いします!」


 綺麗な土下座を決めるホビット講師。その向こうで……


「特別な剥ぎ方、か。かつての配下に、そんなことをよく口にしていた男がいたっけなぁ」


 満面に華々しい笑顔を浮かべ、猫耳をピコピコ動かすオリヴィアの姿があった。


「いやぁ、わたしはお前のことがますます気に入ってしまったよ。今夜あたり我が屋敷に来ないか? ア・-・ド・さん?」


 ひいいいいいいいいい! さ、さん付けにランクアップしたあああああああああ!

 し、しかも屋敷にお呼ばれえええええええええええええ!?

 こ、これはアレだ! 近い将来にお前をなぶり殺しにしてやるぞっていう意思表示だ!


「いいなぁ……オレもオリヴィア様にお誘いされてぇわ……」

「なぜ平民風情が……! 俺と代われよド畜生……!」


 じゃあ代われよ! 喜んで代わってやるわ、こんな立場!

 代わって後悔するのお前だからな! 絶対!

 あぁもうっ! どうしてこうなった!



 ……ダンジョンでの授業を終えた後、教室で一日のまとめなどを担当講師であるオリヴィアが語り、本日の全課程が終了した。


 一般的な社会的教養を学ぶ学園であれば、これからクラブ活動などがあるらしいが、魔法学園にそうしたものはない。

 ただ女子達曰く、秘密裏に活動する怪しげなクラブが本校には存在するらしいのだが、特別興味もないし俺が関わることも永遠になかろう。


 そういうわけで、俺は今後の住処となる場所、学生寮へと戻った。


 寮は学園の敷地内にある。

 無駄にだだっぴろい校庭には真ん中に校舎がでんと構え、その両隣に貴族用、平民用の寮が並ぶ。そう、住処は立場によって変わるため、


「なんでアードと一緒の部屋じゃないのよっ! 信じらんないっ!」


 校舎を抜け、別れを告げた途端、イリーナちゃんが立腹なさった。

 こちらも気持ちは同じだが、どうにもならん。決まりは守らねばならぬ。

 俺はイリーナちゃんについていきたい気持ちをグッと抑え、彼女と別れたのだった。


 

 無駄に広い校庭の中を歩き続けた末に、平民用の学生寮へと到着。その外観はまぁ、「平民なんぞこんなもんでいいだろ」といった作り手の心意気が感じられるようなものだった。


 とはいえ文句はない。ここよりも遙かに劣悪な環境で過ごしたこともあるし……

 何より、一人部屋である。


 それだけでもう、十分過ぎるぐらい幸せだ。

 誰かと相部屋になどなったら、前世にて、世を忍ぶ仮の姿で過ごした学生時代のトラウマが蘇ってしまう。


 さて。食堂での夕餉を終えた後は特にやることもないので、俺はベッドのうえに寝転がって目を瞑り、入学初日である今日を振り返った。


 ……色々とあったが、今日という日を表するなら、感動の一語でことたりる。


 何かを感じ、心が動く。プラスの意味でも、マイナスの意味でも。

 マイナスについてはまぁ、オリヴィアだな。うん。何もかもオリヴィアだ。


 プラスの方はといえば……やはり、皆がまともに接してくれること。

 これは本当に嬉しかった。俺が望んでいた人間関係が、この学園にはある。

 このままいけば、友達一〇〇人という夢が、夢のまま終わることなく達成できるのではなかろうか。そんな希望が抱けるような初日であった。


 しかし――と、新たな思考へと着地する直前。ドアがノックされ、そして、


「こんばんわっ!」


 ネグリジェ姿のイリーナちゃんが、部屋へと入ってきた。


「寮長さんに確認したんだけどねっ! 貴族用の寮に平民が入ることは許されてないけど、貴族が平民用の寮に入るのは大丈夫なんだってっ! だから来ちゃったっ!」


 バンザイしながら、ニコニコと嬉しそうな顔を見せるイリーナ。

 きっと俺も同じような顔をしているのだろう。頬の緩み具合が自覚できた。


「ようこそいらっしゃいました。みすぼらしい場所で、お茶のご用意もできませんが……」

「そんなのいらないわっ! アードと一緒にいられるなら、あたしどこでもいいっ!」


 ……《勇者》の剣なんぞよりよっぽど効いたぞ、この言葉は。

 それから俺達はベッドに座り合い、雑談を交わした。

 楽しい時間はすぐに過ぎるもので、室内の時計が早、夜一〇刻へと針を進める。


「イリーナさん、そろそろお戻りになりませんと」

「……一緒に寝ちゃ、ダメ?」


 こちらの袖を引っ張りながら、上目遣いでおねだりするイリーナ。破壊力抜群であった。


「アードと一緒じゃなきゃ、あたし、きっと寂しくて眠れないわ……」


 こういうふうに言われて、断ることのできる者がいるだろうか。

 俺は了承の意を示し、ランプの光を消した。

 そうしてから、イリーナと二人、ベッドの中へと入る。


「狭くて申し訳ありません」

「だいじょうぶ。くっついて寝るの、好きだから」


 俺の左腕を枕にしながらはにかむイリーナちゃん、マジ天使。

 一人用のサイズゆえ、俺達は必然的に密着した状態になる。こちらがイリーナちゃんを抱きしめながら寝転がる、という絵面だ。すると当然ながら……


 女体特有の柔らかな感触と、フローラルな香りが刺激をもたらしてくる。


 特に胸。

 イリーナちゃんの豊満な乳房がこちらの胸板に潰されて、彼女が呼吸するたび、ムニュリムニュリと形を変える。

 そんなふうにいやらしく形を変える柔らかいそれと、全身に伝わる心地のいい女体の感触が、彼女の肉体的成長を実感させた。


 つきたてのモチのような弾力とハリを持つ、大きな乳房。

 首筋にかかる切なげな寝息。

 こちらの足に絡みつく、白くて柔らかいむっちりした太腿。女の子特有の扇情的な香り。


 しかし、俺の心に汚らわしい情欲の炎など微塵もない。

 イリーナちゃんは我が友人であり、ヴァイスから預かった愛娘的存在である。そんな彼女におぞましい欲望など、決して向けてはならんのだ。


「むにゃむにゃ……アードぉ~……だいしゅきぃ~……」


 こんな純粋無垢な寝言を言っちゃうイリーナちゃんに向けていい感情は、清純なる友愛のみである。俺は彼女の美しい銀髪を撫でながら、頬を緩めた。


 そうしながら……先程、一人問答をしていた時に着地した思考へと頭を戻す。


 このまま行けば、友達がたくさん作れるかもしれない。しかし――

 よしんばそうなったとしても、皆、俺のことを完全に理解してしまったなら、きっと離れていってしまうだろう。

 そう、かつての友人達が配下としての一線を引いたように。


 皆、俺のことをバケモノ扱いするようになる。

 誰も彼もが、エラルドのように怯えた目で俺のことを見るようになる。

 それはきっと、このイリーナにしたって同じだろう。


 そう思うと、緩んでいた頬が引き締まる。


 この子に畏怖されるなんて、絶対に嫌だ。

 掌から大切なものが零れ落ちていくようなあんな気持ちは、もう味わいたくない。

 だから俺は、強く心に誓うのだった。今後、目立つようなことは絶対にしない、と――



 ……そんな誓いを立てた、数日後のこと。



 放課後。俺はなぜか学園長に呼び出しを受け、彼が待つ学園長室へと赴いた。

 室内の中央には執務机を前にした学園長、ゴルド伯爵の姿と――

 ツンとした美貌をこちらに向ける、オリヴィアの姿があった。


「よう来てくれたな、アード君! 君の活躍振りはよく耳にしておるよ! いやぁ、まっこと素晴らしい! 君はやはり歴史に名を刻む男じゃわいっ!」


 やめてくれ。あんたの隣に控えてるオリヴィアがどんどん笑顔になっていくから。

 とても素敵な笑顔に変わっていくから。


「それで、学園長。本日はどのような御用向きで?」

「うむ。それなんじゃがの。我が校では毎年の春、生徒達によるバトルイベントを行っておるのじゃが、アード君はご存じかな?」

「いえ。初耳です」

「ふむ。そうかそうか。まぁ、それはそれで問題ない」


 ゴルドは顎髭を弄びつつ、言葉を紡ぎ出した。


「で、じゃ。君に一つ、頼みがあってのう」

「……なんでしょう?」


 嫌な予感がふつふつと沸いてきたのだが、きっと気のせい、ではなかろう。

 果たして、学園長が口にした頼みとは、


「次のバトルイベントに参加し、ド派手な優勝劇を演じてくれいっ!」


 ……………………ははは! こやつめ!

 ははは! ははは! はははははははははは!


 断  固  拒  否  す  るッッ!




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