入学式
この最果ての地での生活が始まって二週間が過ぎた。
バスの時刻や寮のどこに何があるかも覚えた頃には寮生も続々故郷から戻ってきて、物寂しかった月光寮もだいぶ活気づいてきた。廊下を歩けば大抵寮生とすれ違うし早苗さんも毎日忙しそうにばたばた動いている。
そして今日、いよいよ月見野学園の入学式に赴く。
森の匂いを感じながら舗装路を歩くと、フェンスに覆われた月見野学園のグランドが見えてくる。
広い校舎は寮の二階からもはっきり見えるのだが、校門は少しばかり遠くて五分程歩く。
桜並木は新入生を祝福するようにまばらに植えられており、薄桃色の花弁は咲き始めの開きかけた蕾だ。
「ヤー!日本の桜ってキレイ」
「これからだから。満開になったらもっとすごいんだぜ」
学ラン姿の俺の後ろにはシェリーカが続く。ブレザーの上には学校指定の白ケープを羽織っている。
こうしてみると月見野学園の制服は味気ない学ランの男子に比べ、女子の方はやたらデザインに力が入っているように思える。
黒地に黄色のアクセントという配色こそ大して変わらないが、女子のブレザーはさながら大正浪漫の洋装のようだ。肩口までのフリルレースの白襟に黄色の紐リボン。スカートには白いパニエが付いている。
こういう制服に魅せられて入学する地元の女子生徒もいるんだろうか?
ここ月見野学園は騎士道の強豪としても知られているが県内では進学校としても名を馳せている。
帝立大に進学する生徒も数多いそうでエリートを集めた特進科なんてのもある。俺より一個上の真冬さんも特進コースらしい。
「全国レベルの騎士道競技の技術に加えて学年トップクラスの秀才とかどこの完璧女子だよ」
学業はからっきしダメで騎士道一筋、未だに半端な域から脱せない俺からしたら天上人に見えてくる。
「シェリーカは外国語科だっけ?」
俺はパーティキャラのようにぴたりと後ろに続く銀髪少女を振りかえる。
「ヤー!」
シェリーカは歌劇歌手のように高らかに返事をした。
この学校には複数の海外語学を専攻する外国語科クラスも学年に一クラス設けられている。海外国籍の教師や留学生が多く置かれ語学的にも文化的にも多彩な交流ができる学科。
多くの海外留学生はこのクラスに在籍しているとのことで、彼女もその例に漏れず外国語科だ。
つまり必然的に、普通科の俺は彼女とは三年間同じクラスになれないってことになる。
そんなことを巡らせながら歩いていたのだが道行く生徒は皆一様にこちらをまじまじと見ていた。その視線は紛れもない、俺の後ろを歩くシェリーカに対して向けらていた。
いくら留学生が珍しくない月見野学園でも、こんな銀髪の人形のような美少女は少々目立ち過ぎる。
「リッツ、なんで皆こっち見てる?」
シェリーカが首を限界まで曲げ見上げる。リュックを背負いハの字にした両腕を振りながらなんとも上機嫌だ。
「シェリーカが珍しいのさ」
「ワタシ?どこが珍しい?」
「この国じゃ君みたいな銀髪にグリーンの目の人間なんてそうそういないからね」
「ワタシからしたらリッツみたいな黒い髪に黒い目の人間のが珍しい」
シェリーカは純粋無垢と言った笑顔で白い歯を見せて笑う。
「そりゃそうだよなあ」
開放された校門をくぐると新入生を歓迎する二つの縦列が俺達を迎えた。
二つに裂けた教師と上級生を脇に見ながら進むと、白い漆喰で塗り固められた洋風の正門が俺達を出迎える。
「おはよー」
「おう、よろしくな!」
一つ隔てた向こう側の下駄箱は騒々しい。既に顔見知りの上級生たちはそれぞれ挨拶を交わしていたが俺達新一年生の下駄箱は静かなものだった。
皆そそくさと靴を履き替え立ち話をすることもなくその場を後にする。これから始まる高校生活に不安だらけといった様相だ。
玄関で新品のスニーカーに履き替えた俺はしばらく下駄箱に背中を預けていたが、遅れること数分、シェリーカが小さな身丈を跳ねさせながら下駄箱の影から現れた。
「オマタセ、リッツ」
「まず入学手続きの出欠チェックだっけ」
入学前に渡された書類、ホチキス留めされたプリントをめくる。
「あそこか……いこうシェリーカ」
「ヤー!」
階段脇の廊下には横一列の机に上級生が座り名簿にチェックをつけていた。
傍らには数人の女子生徒が並んでいて、チェックを終えた新一年生を教室まで案内していた。何人かの新入生がおずおずとその後についていく。
「お、リッツくんじゃない」
聞きなれた声がした方を見ると真冬さんがいた。案内係の名札がつけられている。
「入学おめでとう」
「ヤー!よろしくマフユ!」
「改めて宜しくお願いします」
俺とシェリーカは真冬さんに名簿をチェックしてもらう。
「リッツくんは五組、シェリーカちゃんは外国語科だから九組ね。私が案内するわ」
ちょっと案内してきますと一言添え真冬さんは俺達を先導する。
「リッツくんもシェリーカちゃんも部活が始まる日は知ってる?」
「明日でしたっけ?」
真冬さんはシェリーカの鞄を持ちながら俺達二人の前を歩く。時々すれ違う上級生と会釈しているところを見ると全国大会に出ているだけあり校内では有名人のようだ。
「大体の人はオリエンテーションの後に入ってくるのよねー。あと、もし明日の部活からでも参加するなら用具は持参した方がいいと思うよー」
「是非そうさせてもらいます」
俺はシェリーカと顔を見合せながら答えた。
「早く試合したい!」
シェリーカもやる気満々といった感じだ。
俺としてもこの銀髪少女がいかなる剣を振るうのか興味がそそられるところではあるが、それと同じくらいにどんな上級生がいるのか楽しみで仕方が無い。
「皆いい人だからきっとすぐに仲良くなれると思うよ。でも、ともかく今は入学式に集中しようね」
血気にはやる俺達をあやすような口調で案内された教室。
その扉を開くとこれからの高校生活を苦楽を共にするクラスメートの姿がちらほら見えた。その数は少なく、まだ数人だけだ。
「じゃあ、明日放課後一番に向かいますよ。騎士道場ですよね?」
「うん。待ってるわ」
俺は真冬さんとシェリーカにしばしの別れを告げて教室の扉をくぐった。
念仏のような校長の演説と、理事長なる英国紳士のような洋装に身を固めたおっさんの演説が終わったかと思うと今度はPTA会長やら生徒会長やらが現れ演説が始まった。
正味一時間と少し。
それらが終わってようやく俺達新入生は元いたクラスに戻り、担任からこれからの大雑把な説明を受けた。
入学式は正午にはお開きとなり玄関口に足を運ぶ。そこは既に生徒でごった返していた。朝とは比べ物にならないほど混雑だ。
校門に通ずる敷地内のロータリーにはバス停があるのだが、帰りのバスを待ち行列に並ぶ新入生や、明日行われるオリエンテーションをフライングして部員勧誘に勤しむ上級生で騒々しさの極みだ。
校門の向こうから到着したバスがクラクションを鳴らしながら近づく。その様を見届けながら俺は帰路についた。