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紅い鳥

 描いた景色は赤みがかった色調で現像されていた。

 記憶の中の遠い日の夕焼け。

 当時の俺はまだ小学校高学年に入ったばかりで世の中の不条理なんてことには無縁だった。ただ毎日泣き笑い、時に怒り怒られながら一日一日を吸収していく日々。

 誰もが同じように経験値を積み重ねていく幼少期の真っただ中で俺はまだ赤磐郊外の小さな町に住んでいた。

 その町は郊外にショッピングセンターがあるだけのごく普通の田舎町で、出来たばかりのその真新しいショッピングセンターの後ろにはハイウェイが建造途上だった。

 俺は生まれた時からずっとその町に住んでいたけど、物ごころついた頃から数歳年上の幼馴染に特別な感情を抱いていた。

 俺よりずっと年上の彼女は、まだ幼かった俺と比べ物にならない程に落ちついていて優しくて頼れる大人のような存在だった。

 彼女自身は同世代の高校生に比べたら遥かに小さくかった。当時小学生の俺が見上げた先に彼女の幼い顔があった。高校生の彼女の友人達はこぞって童顔だの幼児体型だのとからかっていた。勿論、それは本気で嘲っている訳ではない。誰もが彼女の愛くるしさを好いていたのだ。

 しかし、彼女には他の女子生徒達と唯一違う点があった。

 それは――紅いカージナルと呼ばれた全国でも注目されるほどの騎士道プレイヤーであったということだ。

 夕焼けが路地を照らしていた。

 学校帰りの俺は曲がり角で友達と別れそこから数分歩いた先にある我が家に向かって歩いていた。

 電柱が等間隔で立ち並び、塀で囲まれた家々がまばらに建ち並ぶ郊外の住宅街。彼方には田園地帯が広がり、更にその向こうにはほんの小さく建造途上のハイウェイが見えた。

 家が近づくにつれて俺はいつもの帰り道には無い喧騒に違和感を覚えた。

 既に視界には俺の家が見えていたのだが、数軒手前の家の前に見慣れた人ごみができていた。登校時に朝の挨拶を交わす見慣れた大人達と数人の学生だった。学生と言っても俺のような小学生ではなくきっちりした制服に身を固めた高校生だった。全員が赤ラインのセーラー服を着ている。赤磐工大附の生徒だった。

 集まった人達は興奮気味に何か話している。

「秋季大会、あと一回勝てば全国だって!?」

「いやいや、そこから選抜するのは委員会だから」

「大丈夫、咲那ならやれるわ!」

 俺はその中心に立つ少しばかり小柄な少女に駆け寄った。話題の中心にいるはずの彼女は何故か終始落ち着いていてはにかみ気味に微笑んでいた。

「咲那姉!」

「お、来たね。咲那の弟分!」

 ランドセルの蓋をばたばたさせながら彼女の前で急制動をかける俺に彼女はにっこりとほほ笑んだ。

 咲那姉とよく一緒にいるポニーテールの女子生徒は俺を茶かすが気にしない。見上げた先の彼女の背には

 大きな楕円形のスポーツバッグが覆いかぶさっていた。その中には彼女愛用の鎧や武器が満載されていて動くたびにカチャカチャという音が鳴る。

 防具や武具を詰め込んだバッグを重そうに背負い込むその風貌は一見見ると野暮ったい。しかし、当時の俺にはそんな制服には不釣り合いな不格好なシルエットがどんなヒーローよりもかっこよく見えていた。

「今日が試合だったの?勝った!?」

「もち!」

 俺の問いに彼女は太陽のような笑顔で応える。小さなガッツポーズは可愛らしく試合場で見せる有効打を取った際の仕草と同じものだった。

「決勝は明後日、日曜日だから国立も来てね」

「わかった。絶対行くよ!」

 幼馴染のお姉ちゃん――高月咲那。

 俺には妹しかいなかったが、数軒隣に住んでいた彼女は小さな頃から家族ぐるみで付き合いが合った。花見や海水浴にはよく二家族合同で出かけたものだ。

 そんな実の姉のような存在である「咲那姉」も今や高三。

 いつの頃からか始めた騎士道のスキルは既に完成域に達していて全国的にも有名なプレイヤーとして名を馳せていた。

 小さな身体にみなぎる闘志。一撃が重い長剣使いのパワータイプなのにすばしこい戦いぶりは小さな猛禽のようで、何時しか呼ばれるようになった二つ名は紅い鳥を意味するカージナル。

 赤磐工大附の紅一点にして絶対的エースだった。

 彼女が現れるまでの岡山県の高校騎士道界は特定校が上位を独占していて、例年のように全国で初戦負けを喫していた。

 既に中国地方のパワーバランスは広島や山口の有力校に偏っていて越境留学をして岡山を去る者も多くいた。

 そんな中、全員地元出身者で固められた咲那姉の母校、赤磐工大附は年末に行われる地方大会の台風の目となっていた。

 既に全国で好成績を残した強豪を二校打ち負かし中国地方ベスト4以上は確定、このまま優勝すれば春の選抜大会には確実に出場できる。秋の全国大会と違って春は日本全国八地域から出場校が選抜される。

 同じ県から複数出る場合もあればその真逆もあり得る。現に近畿代表はその殆どが京都と大阪の高校で占められている。運が味方して優勝すれば無名の高校でも県代表として全国に行ける秋と違い、春の大会はフロックが通用しない完全な実力志向の選抜方法となっている。

 そういう意味で咲那姉の学校は紛れも無い実力校だった。

 監督がよかったのか、資金力のある私立であるが故に設備に恵まれていたのかは分からない。

 しかし、咲那姉の力がその大きな原動力になっているのは確かだった。一番小柄な彼女が赤き鷲の旗印となって勝利の星は重ねられていった。

「必ず勝つからねっ!」

 別れ際に満面の笑顔で俺に手を振ってくれた咲那姉。

 彼女が告げた約束は夏休み最後の日に呆気なく果たされた。

 赤磐工大附属高校は中国地方大会で優勝を決めたのだ。

 小さな頃から咲那姉の約束は決して破られることの無い――必然そのものだった。

 有言実行という言葉が似合う人間は俺は今でも彼女をおいて他に知らない。

 赤磐工大附が中国地方第一代表を決めたその日。お世辞にも岡山県の高校騎士道界では無名だった地元の高校が代表になったこともあり町は総出でにぎわった。

 高校の体育館で行われた後もその勢いは衰えを見せず、町主催で大規模な壮行会が行われた。彼女達を応援する群衆は増し、俺のような小学生にはお菓子が配られた。

 急ごしらえのステージの上には騎士道防具に身を固めた赤磐工大附の騎士道メンバー。中心にはメンバーの中で最も小さな咲那姉が立っていた。その姿は夕陽のような真紅の鎧。スカート状の草摺タセットは鳥の尾羽のように長く、ヘルムの尖ったバイザーは鳥の嘴そのものだった。

 しかし、そんな凶々しい鎧姿の騎士は両脇に居並ぶどの騎士よりも清廉で花のように微笑んでいた。

 他の騎士道部員が初出場だから緊張しないようにだとか悔いの残らない戦いをだとか当たり障りの無い抱負を述べる中、最後に大将としてマイクを渡された咲那姉は一言だけはっきりと言って見せた。

「全国に行くからには取るべき物は優勝だけだ」と。



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