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記憶

 遠い昔、騎士を見た。

 彼女の身丈は同世代よりも遙かに幼く華奢だったが、剣の腕だけは誰にも引けを取らなかった。

 最早地元では敵無し。全国の舞台に堂々と姿を現した少女は細っこい身体を包み込むように赤銅の甲冑を纏っていた。

 少女本来の性格を無理矢理攻撃性の塊に変貌させるような凶々しい鎧。その下、ロングスカートとも言える裾はフォールドで固められ、そこから伸びた脚全体は赤いレッグアーマーに覆われている。

 二本角の兜の茨紋様のような装飾が施されたバイザーは、重く閉ざされていてその奥にあるはずの少女の表情は窺い知れない。

 スポットライト越しにその姿を後ろから見守る少年がいた。

 電光掲示板の下のパブリックビューアは選手の近景が会場の端からでも把握できるのだが、少年はそれには見向きもしない。

 小さく栗のように丸い瞳は、今目の前に存在する女騎士の生の輪郭をはっきりと捉えていた。女騎士――少女の逆光を浴びた黒い背中は月食のように赤黒い輪郭を縁取っている。

 周囲には彼女と同じ高校の同級生や大人達が総出で応援に来ており、一様に波立つ拳、掌が振られていた。

 喧騒に押し出されるように伸びた少女の右手――深紅の籠手に覆われた小さな腕が背中に掛けられた長剣を握りしめる。

「両者前へ!」 

 確かめる様に伸ばされた腕は二度三度背中の剣をかちゃかちゃと揺らす。少女はゆっくりと歩を進めた。

「礼!」

 主審の一声で少女は対面の相手と礼をする。

 その直後、これからの敢闘を約束する握手がなされる。

 画面の表示が試合の開始へと至る準備態勢に入ったことを示す英文に変わり、会場は静まり返る。その鎮静が最大点に達した瞬間、

「抜剣――!」

 主審の声が会場一杯に木霊する。

 同時に鳴り響くブザー音が耳を突き破り、赤い騎士はその場を蹴り出す。

 少年の見ていた赤く縁取られた影は一気に小さくなり、女騎士は会場中央に躍り出る。

 背中に預けられた長剣は金属質な音と共に擦らされ、抜き様に艶めいた紅蓮の刀刃は弧月を描きながら観衆の面前に姿を現す。

 対戦相手、クチバシのように突き出した灰色兜に顔を隠した騎士も負けじと短槍を滑らせる。

 耳を劈く剣戟音が一発響く。

 互いの得物はそれぞれを相殺し、初撃は無効打に終わった。

 両者は一度間合いを取ると、その間を待ち構えていたように沸き起こる拍手。観衆は試合の始まりを祝福すると同時に二人の騎士がこれから見せてくれるであろう勇闘を讃えているのだ。

 拍手咲き誇る中央には短槍を伸ばし静止する灰色の騎士と、身の丈ほどもある長剣を斜めに構えた深紅の女騎士。

 赤い光線が網目状に張り巡らされただけの殺風景な青い床。その上で二人の騎士は互いを伺い牽制しあう。

 再度仕掛けた赤い騎士の跳躍に歓声が再び上がる。

 それを受け止めはじき返す短槍、肉厚な槍の穂先が返す刃として振るわれ、難なく弾き返す少女。

 これ以上の追撃は危険と判断し一度攻撃の手を止め再び距離を取る灰色の槍騎士。

 びりびりとした緊張感は強力なヒットがこの後の展開をどれだけ左右するかを裏付けている。

 半円を描き接近した双方は再び一撃を浴びせ合うが、一度交錯してからの切り返しは少女の長剣に分がある。

 一見焼きが回ったように見える間髪無い二撃目、長剣の切っ先は今度は間違いなく灰色の肩甲の隙間に触れていた。

 肩を庇う様に後退しながら体勢を整える対戦相手。しかし赤い騎士の追撃は止まらない。フォールドから伸びるコート状のスカートが旗のように真横に靡いた。

 一閃。

 少女の赤き剣は正確に相手選手の胴に斜め一本線の剣跡を走らせた。

 会場の正面に掲げられた電光掲示板。少女の名前の横に鎧への致命的判定が表示され、相手選手の持ち点を示す緑色のゲージが半減した。

「しゃあああああッ!」

 強く弦を弾いたような少女の一声。

「おおおおお――!」

 その雄たけびに追従するように唸る会場。

「ちゃんと見てた!?すごい一撃だよ!」

 少年の母は歓声降りしきる中、声が裏返っていた。

 小さな肩を揺らされる少年は競技のルールを理解していないのだが、それが喜ぶべきことだとは分かった。

 高く胸打った感情の尖筆は激しく動き、脳に記憶を刻みつける。

 会場全体の高鳴りも、勝利のガッツポーズを決めバイザーを脱ぎ払った少女の笑顔も、それが幼い彼の心に強く焼きついた瞬間だった。

 にっこりと、少年の口角は釣りあがる。

 赤い騎士が振る掌はこちら側に向けられていた。

 試合形式や展開。今の状況も導く結果すらも幼い少年には未知の存在だ。

 だが、これだけは言える。

 ――僕もお姉ちゃんみたいにカッコいい選手になりたい。

 それはヒーローに憧れる多くの少年が持つありふれた願望だ。

 四方八方全てが高度な機械審判で掌握された小さな戦場。己の全てを造り物の贋剣に込め、そのフィールドで闘う現代の騎士達。

 勝者と敗者という境界の線引きは呆気なく決まってしまう。

 勝者は讃えられ敗者はそこで終わるだけ。

 騎士道競技――人々はこのシンプルな闘志のぶつかり合いに熱狂していた。


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