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凶蝶乱舞

 練習コートに張り巡らされたテープを同じ期待組の部員達がペリペリと剥いでいく。

 瀬名と班長である三年生の計らいで他の期待組の班も俺達の試合に協力してくれることになったのだ。

 四等分された練習場は間もなく本試合と遜色ない面積となって俺達を出迎えることになる。

「何や面倒なことになったなあリッツ」

「貴女のせいでしょうが……」

 紅いデザインメイルに着替えコートを眺めていたら瀬名に話しかけられた。

 あの騒動の後、とりあえず歩は保健室に運ばれた。倒れて反応が無かったのは気絶した訳ではなく、余りに一瞬の出来事に呆けていただけだったようだ。それでも一応ということで今はここにはいない。

 瀬名が先輩の班長を丸めこんだ結果、何故か大会形式の試合カードが組まれることになってしまった。

 本来候補組の練習を見ている監督までこちら側のコート脇に立って事態を見届けようとしている。

 仁王立ちでコートを見据える監督。大事になってしまったなあと思いつつ向かい側に眼をやると中華鎧姿の燐華がこちらをじっと睨みつけていた。

 憎悪で黒く変色した炎が背後で燃え盛っている。

「うへえ」

「あれだけの事がなり散らしたんや。一発かましたれ」

 バシンと一発。鎧越しでもひりひりするビンタが背中を襲った。

「じゃあ、そろそろいいかな?」

 頭部保護具ブリスターを身に付けた小柄な男子生徒がコートの中心に立っていた。ガヤついていた他の部員達は皆静まり彼に注目する。

 うちの班長だ。三年生だというのにその容姿は驚くほどに童顔で、一年の俺より年下に見える。

 もともと今日は見学の為に騎士道場に来ていたらしく学ランでなかったら女子と間違えてしまうかもしれない。

「じゃあ、桃山君も陽さんも前に出て」

 穏やかな物腰で双方に声をかけるが対面の燐華の射殺すような表情は崩れない。

「勝負は三本だけね。一応僕と角の副審が判定するから好きにやってみて」

「宜しくお願いします」

「わかりました……」

 コートに上がった燐華は押し殺したように呟く。先輩なので一応敬語を使っている。

 脇に眼をやるとスーツに身を固めた女監督が険しい顔つきで俺達に注視していた。腕組みをして仁王立ちする様は圧迫感がある。他のレギュラー候補の期待組メンバーも一様に事の成り行きを見守っている。

「じゃあ互いに握手して」

 主審役の先輩の一声で恐る恐る俺達の手は差し伸べられ――がっちりと握手。

 というか一方的に締めつけられる。林檎でも潰すような勢いで鷲掴みだ。

「絶対殺す」

 燐華の殺意を帯びた眼光にこちらも委縮しそうになるが負けるわけにはいかない。

 ――こっちこそ。

 心の中で小さく刻みながら有りっ丈の力で握り返す。

 

「ちょっと二人共、いい加減離れてくれるかな」

 先輩の言葉で反射的に握手が解かれた。

「二人ともどれだけ握手するの?なんだかんだで仲イイんだね」

 苦笑混じりに俺達を見回す先輩。どうやら数秒もの間握手していたらしい。

「茶化さないでください先輩。誰がこんな筋肉モンスターなんかと」

「ふぅ……分かったよ。じゃあいい?いくよ――抜剣ドローソード

 学ラン姿の主審の気の抜けた試合開始の声と共に二つの刃がち合う。敷居を解かれた二頭の猛牛が真っ向から角をぶつからせる勢いだ。

呀啊啊啊啊やああああ!」

 がちがちと鬩ぐ擦過音に乗せながら燐華が吠えた。眼に灯った猛火は俺の闘志すら包み込む勢いだ。

 でも、こっちも……引けない!

「おおおおおおお!」

 負けじと押し返す。長剣の有利性を活かして弾ききってやる。

「ってなるとでも思った?馬鹿」

「!?」

 預けていた体重の先が不意に軽くなり前につんのめる。

 ヘルムの限られた視界で見上げると、そこにあった燐華の姿は消え去っていて――真横か!?

「はあッ!」

 薙ぎ払われた青龍刀が腕を襲った。

「くっ」

 ジャリンという擦れる音と共に剣の圧力がはっきりと感じられる。イメージの中の籠手が切り裂かれ、その隙間から鮮血が走った。

 一旦引いて体勢を変えつつ主審と真横の副審を見ると三人とも手を挙げている。燐華の効果打判定――俺の残りの持ち点は恐らく半分といったところか。

「ノロノロと何やってんだか!」

 燐華は一瞬で間合いを詰めてくる。一度薙ぎきった剣は再び肩の向こうまで振りかぶられている。

 試合は終わらない。俺の持ち点がゼロと認められない以上、この攻撃は延々続く。喰らった攻撃は連撃となり、それはそのまま俺の仮初の命を減らしていく。

「陽燐華にポイント!」

 主審役の先輩が叫び、そこで燐華の苛烈な攻め手も終わった。他の副審も意義無しと言った顔で紅い旗を持つ右手を挙げていた。

 三本勝負、まず一本が燐華に入る。

 本来の試合形式ならば制限時間内にいくらでも本数は重ねられる。盾を用いたカウンター戦法の者同士なら最少失点の試合と逼迫することがあるが、どちらも攻撃的な選手の組み合わせとなった場合、野球の乱打戦のような大量の数字が並ぶ結果に終わる事もある。

 しかし、この試合の場合は三本勝負。あと一本取られたら俺の負けが決まる。

「先輩、いいっすか」

 荒い呼吸で視界に眩みながら立ちつくす俺の後ろから瀬名が叫ぶ。

「タイムアウトをお願いしたいです!」

「騎士道競技にタイムアウトなんてないだろー」

 茶化すような瀬名の一声に他の先輩がツッコミを入れる。

「いいよ」

 しかし、主審役の先輩は求めにあっさり応じた。

「私は別にいいです」

 燐華は立ちつくしたまま。その表情は相変わらず険しい。殺意の衝動にまみれた視線を背中に感じながらコートから下がる。

 


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