Mission4 「蜘蛛女と、咲のもうひとつの顔」
俺らは、必死で『何か』から逃げていた。
カサカサカサカサ! と言う足音が
ガサガサガサガサ! という足音に変わった。
どうやら、『何か』は、直ぐ傍に近づいているらしい。
俺は逃げながら、見てはダメだと頭の中では、わかっているのに
後ろを振り向いた。
髪は長くて白い。鬼の仮面を付けたような顔。
足は、8本あって姿は蜘蛛だった。
上半身と頭、そして手があるが、手も蜘蛛のようにありえない程、指が長い。
赤い目は、俺と目が合うと、口裂け女のような大きな口が開き
血まみれになったサメのような鋭い牙を見せてゲタゲタゲタゲタ笑っている。
「うわぁぁぁああ!!」
俺が後ろを見て叫ぶと、灯先輩と咲先輩も後ろを見た。
「ひっ……! な、なんなのアレは……!」
灯先輩は、叫びはしなかったが恐怖でいっぱいの顔をしている。
「さ、さぁ……。あたしは逃げ切れる自信ありますけど、
お二人の逃げる速度では、このままだと追いつかれて殺されてしまいます。
何とか抵抗しないと……」
「だ、だけど、どうするんですか。あんなの戦えっこないですよ!」
「灯さん、先制攻撃やれますよね?」
「えっ……。……わかったわ。任せて」
「確か、蜘蛛は足を切っても動けるんですけど、
足を切ったら、一時的に痛みで動けなくなるはずです。
その瞬間に、あたしが全て終わらせるので。あそこの角を曲がったら即行動で」
咲は、そう言った。
無謀とも言えるが生き残る唯一の方法。
もし、失敗したら……俺たちは、あの蜘蛛に殺されてしまう。
あの角を曲がったら、恐怖を捨て戦わなければならない。
「いきますよ!」
角を曲がる。その瞬間、灯は姿勢を低くし
日本刀を抜いたと同時に腰を使って横に切った。
「たぁぁぁあああ!!」
ゲタゲタゲタゲタ笑っていた不気味な蜘蛛は、足を3本切られた。
ブシャァッと、黒い血が噴出す。噴出した血が、俺たちの顔や体にかかる。
切られた蜘蛛の足は、血を出しながらバタバタと動いている。
「ギエェェェェエエエエ」
と、蜘蛛は悲鳴をあげて立ったまま苦しんでいた。
その隙を逃さずに、咲は15cmくらいあるハンティングナイフを
狙いを定め、思いっきり力を込めて投げた。
的は蜘蛛の顔。ダーツのように、目に刺さる。
「ギァァァァアアアア!!」
蜘蛛は悲鳴を上げ、両手で顔を隠し苦しんでいる。
直ぐに、スカートの中から、
もう1つのハンティングナイフを取り出し蜘蛛の元へ走っていく。
さっきの逃げていた速度とは全く違った。
人ではないのではないかと思うくらい速い。
「死ね」
咲はそう言って、ナイフで色んな場所を切っていく。
足、手、顔、胴体……。
蜘蛛は反撃しようにも何も出来ず、ただただ苦しむだけ。
咲の顔は、無表情。ただただ走り回りナイフで切り刻む……
まるで、殺人をする為に、高速で動き続ける機械のようだった。
蜘蛛は平伏し、微かに息がある程度になった時。
咲は、走り回るのを止めて歩いて近づき、しゃがんで顔を覗き込んで
「さようなら」
と、笑顔で一声かけて持っているナイフで頭を刺した。
血が噴き出し、笑顔の咲の顔全体にかかる。
かけていたメガネは使い物にならなくなり、その場に捨てた。
立ち上がり、左足でナイフを踏み更に奥へ、奥へと差し込む。
くすくす。と無邪気に笑う咲に、俺は恐怖を覚えた。
蜘蛛のように、俺や灯先輩を殺すのではないだろうか?
咲は、蜘蛛が力尽きると、つまらなさそうな顔をして
頭に刺さっているナイフを取り、2本のナイフを持ったまま
ゆっくりと、俺たちの方へ振り向く。
……殺される。俺は、そう思っていた。
「お二人とも、大丈夫ですかぁ? 怪我はありませんか?
血、付いちゃいましたねぇ」
返り血で、顔も服も真っ黒に染まった状態で、へらへら笑う咲。
今までの行動が嘘のようだった。
俺と、灯先輩が黙って固まったままでいると咲は、へらへら笑うのを止めて
「……やっぱり、怖いですよね。大丈夫。
灯さんや、夜斗くんを殺したりなんかしません。守ってあげますから」
右手で、左腕を掴み、困ったような、悲しそうな表情で笑う咲。
それに対し、灯は、咲の目をしっかり見て向き合い、答えた。
「……なんで、あんな事ができるの? ……あの身体能力は異常よ」
「信用して貰えないでしょうけど……。
あたしの家系は暗殺を仕事としていましてね。両親に叩き込まれたんですよ。
だから、殺すとなると、スイッチが入ってしまうんです……」
あはは。と笑う咲は、どこか悲しそうに見えた。
「……そう。あの行動を見たら信用することを少し疑ってしまうけれど。
貴方が親友を殺すほど落ちぶれてはいないと信じているわ」
灯が、そう言うと咲は俯いて少ししてから顔を上げ笑って
「……灯さんは、ホントに優しいですねぇ~。惚れちゃいますよぉ~」
と言い灯の右腕に抱きつき、すりすりと腕に頬ずりをした。
「や、止めなさい!」
「はぁーい」
咲は、灯から離れて、両手で口を隠し、くすくすと純粋に笑っている。
「暁くん。貴方は、どうするの? ……私たちと別行動する?」
灯先輩は腕を組んで言ってきた。
……あの化け物を見た後だ。俺1人じゃ手も足も出ずに殺されてしまう。
そりゃ咲のアレを見てしまうと怖いが……
あの優秀な学の姉である、灯先輩が信用するなら、きっと大丈夫だろう。
「別行動なんかしません。灯先輩を信用していますから」
「あ、酷いですねぇ。あたしの事は信用してないってことじゃないですかぁ。
まぁ、いいですけど。初対面で信用しろって言っても無理ですもんねぇ」
へらへら笑っている咲。でも、どこか嬉しそうだった。
「とりあえず、こんな道のど真ん中に居たら
また変なモノに襲われるから、少し隠れて話し合いましょう」
「はい」
「はぁーい」
俺たちは、近くの家の庭に隠れることにした。
周りは石の壁に囲まれているので、しばらくは見つからないだろう。
小さな声で、灯先輩は喋り始めた。
「ねぇ……気付いているでしょうけど……。
この家や道……全部私たちの住んでいる町にそっくりよね」
灯先輩の言う通り、危ない目にあってばかりで考えてなかったが
この一時的に隠れている家や道は、俺たちの住んでいる町に似ていた。
「私、思うんだけど……魔女は、この町に思い入れか何かあるんじゃないかしら。
じゃないと、わざわざこんなそっくりに作るはずがないもの」
「……思い入れ……」
「そう。化け物や幻を魔法で作り上げたほどの人物よ?
魔法で、世界を作ることが出来るんじゃないかって思うのよ」
「さすがに世界を作ることは無理なのでは?」
咲はふふんと得意げな表情をし
「そういう事は、無いと断言はできませんよぉ?
パラレルワールドとか、ある条件でしか行けないおかしな裏の世界。
魔女や、神様が作った世界とか……。
そういう話、いっぱいあるじゃないですかぁ」
「いや、物語ですよね? そんなことありえないですよ」
「現に、この世界はおかしいじゃないですかぁ。
あんな化け物出てきて、魔女はどこにいるかわからない笑い声だして
空は赤く濁ってるますよぉ?」
確かに、この世界はおかしい。こんなに赤く濁った空は、見たことがあるものの永遠に続くことはなかった。そもそも、この世界に入る前は午前中で、暗くなどなかったのに、この世界は何も変わらない夕焼けのようだ。
「……それに……そう思えるのは理由があるのよ」
「え? 灯先輩、理由って何ですか?」
「学が言っていたことだけど、昔……ここの町には、友好的な魔女達が住んでいて、
人間と魔女達が手と手を取り合い、とても仲良くしていたそうよ。
でも、いつしか人々は魔法で何でもできる魔女の事を恐れていったの。
そして、遂に、この町に居た何十人といる罪のない魔女を騙し殺したそうよ。
この話は知ってるでしょ?
15世紀から18世紀の間に全ヨーロッパで最大4万人が処刑された魔女狩りのこと。
それが、日本の、この町だけで行われて……
唯一、生き残った1人が、人間たちに恨みを抱えながら魔女の道を作り逃げ込んで
人々を招きいれ殺していっている……らしいの。
学は、本当かどうか調べに行くって言って……」
「……その話だと、俺たちを生きて帰す気なんかないじゃないですか……」
「そうね。でも、私は絶対に生き残って学を連れ帰る。
暁くんも、そういうつもりで来たんでしょ?」
灯先輩は意思の強い瞳で、俺の事をジッと見つめている。
「……はい。ひなたを絶対に連れ帰ります」
「あのぉ……お話盛り上がってる最中、申し訳ないんですがぁ……」
咲は手を上げて、困った顔で
「そこの庭の木、動いてるんですよぉ」
咲の指を指す方向は、1本の木。地面から木の枝の手らしきものが出てきて
ゆっくりと、地面から這い出てきた。
目と、大きな口だけがある人面の木。ギョロリと俺らを見つめ、にまぁ……と笑った。
「……休む場所なんか無いってこと……?」
「そのようですね……」
「でも、この子は楽勝ですよぉ?」
咲は、そう言いウェストバックから何かを取り出した。
……なんで、ライターなんか持ってるんだ?
ライターを持ったまま、人面木に猛スピードで近づき、奴の攻撃も
ひらひらかわして、あっさりライターを着火。
「燃えろ! バァーニィーッング! なんてねぇ」
へらへら笑っている咲の目の前で、人面木は慌てて火を消そうとするが無駄だった。
聞いたことのない悲鳴を上げ、燃え尽きてしまう……。
「……なんで、ライターもってるんですか」
「それは、乙女の秘密ってことでぇ」
くねっと腰を曲げ、人差し指で内緒のポーズをする咲。……変な奴。
「ちょ、ちょっと、こんな目立つ炎なんかあげたら違う何かが来るでしょ!
この場を離れるわよ!」
灯の言葉に従い、3人は違う場所へ移動することとなった。
ホラー感がない。全然ダメな気がしてならない…… or2