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詠え。桜吹雪に。  作者: 楡崎夏芽
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雪の記憶。

雪だるまになる我が子を母親が抱き上げる事。数十回目。雪を払う母親の手を振り払う事。数十回。

「たいが、まだ、怒っているの?」

母親は、我が子のすねている理由を知ってはいた。幼子を、一人、他人に預けるのは、気がひけた。だが、苦行の多い仕事に、連れていく訳には、いかなかった。彼が、泣こうが、泣くまいが置いていかねばならない。それを知っているのか、知らないのか、たいがは、無言の抵抗を続けていた。編笠は、濡れそぼって、ずしりと重く、頬は、寒冷の為、真っ赤である。膝のあたりも、濡れているし、首筋も、入り込んだ雪で、ベタベタしている。そして、何よりも、耐え難いのは、指先の冷痛であった。濡れて、じくじくしているのは、通り過ぎ、動くと、ずきずき痛かった。無言の抵抗を続けているのだから、泣き言は、言わない。口を真一文字に噛みしめ、自分で細雪を払った。

「たいが」

そんな彼を母親は、見下ろしている。

「たいが。聞いて。春になったら、おじさんが、迎えにくるから、ちゃんと、待っているのよ。」

たいがは、まったく、聞こえないようなふりをした。後、半里もすれば、別々になってしまう。そう思い、たいがの姿を焼付けようとする母親の目がうるんでいた。

「たいが」

母親の声が震えている。はっとしたたいがであったが、振り向く決心がつかなかった。涙顔の母親を見たら、意地をはれなくなってしまう。今までの抵抗が水の泡になってしまう。それに、母親が、泣く姿は、見たくないのだ。肌を切る烈風の中で、むめ太は、背を向けたまま、両足をふんばって、立っている。

「ごめんね。」

肩に触れると、抱きすくめたくなる衝動を覚えた。雪景もみえない程の吹雪である。四方は、全て、白一色という視界の悪さと寒風である。案の定、小さな体は、冷たかった。

「聞いてちょうだい」

右の頬に風が痛い。引き寄せ、真っ赤になっている耳元に母親は、口を寄せた。

「母ちゃんが、どうして、行くかわかっているね?」

たいがは、しぶしぶ頷いた。

「がまんできるね?母ちゃんとは、もう、逢えなくなるけど、我慢できるね。」

「・・・」

たいがは、精一杯開いた目を母親に向けた。瞬きをしてしまえば、今にも、こぼれそうな涙で一杯である。

「ごめんよ。」

「かあちゃん」

真っ赤な両手で、母親にしがみついた。二度と離してくれる筈がないかと、思われる程、恐ろしく強い力

である。

「かあちゃん」

ぽろりと、大粒の涙がこぼれる。

「たいが。私のたいが・・。」

母親は、頬を押し当て何度もつぶやく。

「強くなるのよ。たいが・・。誰にも、負けないように・・。」

「強くって?」

「腕力だけじゃないの。わかる?」

母親は、じっと、何かに耐えているようである。自分の息子には、伝えて置きたい事が、たくさんあった。しかしこうして、肌を合わせ、目を合わせていると、もう、離れる事が、出来なくなりそうである。母親は、しがみつく、たいがの手を、ひき離し、立ち上がった。

「かあちゃん。」

まだ、離れたくないのに・・。と、むめ太は、心で叫んだ。言葉こそ、出さないが、切ないまでに、迫った目が、母親の胸をきりきりと締め付けた。

「わかっているでしょ。」

雪は、小降りになっていた。母親を見上げるたいがの目に、青い鱗粉を放ちながら、降りてくる大粒の雪が、映っている。

「わかっているでしょう?たいが。その包みは、大切にするのよ。」

「かあちゃ・・。」

母親の目は、もう、冷たかった。傍に寄ろうとすると、たいがをきつい目で見る。たいがの心は、ずしりと重く、恐ろしくなっていた。母親が、鬼神のように、見えるせいでなく、自分の投げ出された道が、この街道のように、深く冷たい雪に閉ざされているのを感じたからである。自分は、一人で、その道を、掻き分け、進まなくてはならない。

「かあちゃん・・。」

雪が、降っている。たいがとその母親の間にも・・。雪は降る。白く、冷たく・・。

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