仰げ。空を。
東へと続く道。空は、水底のように明るんできたが、あたりは、まだ深沈と眠っている。山また山に、挟まれた沈黙の朝であった。普通の朝なら、満山緑に輝く風色も、朝日も、谷川のせせらぎも、更に、それを、けさんばかりの小鳥のさえずりも、早春の葵展望に息を吹き込むのであろうが、今朝は、違っていた。険しい街に、動く影は全くなく、渓谷には、暗い黄昏が、降りている。春という生命力に溢れた活気が、これらの山陰にはない。異形の一行を飲み込んだ時から、この世とはなれてしまったようである。陽は、冬のように薄く、ガラス細工の底に映じた影のように、冷たく空気は、白茶けていた。一羽の鳥が、ムクリと寝床から、小さな顔をあげた。息のない空をあおいで、高い杉林の空を羽ばたきとともに、かすめすぎる。シナの古画にも似た怪奇な山容を、訝しげに、見下ろし、弧を描き、鳥は、急降下した。斜面に、影は、大きく迫り、空と木の接点を羽音が、かすめる。そこに、立っている異風の男には、目もくれず。何処か知性の匂いすらある秀麗な青年も、崖の下の小道に立っている青年も、羽ばたきと共に、過ぎていった影の行方を見守っていた。陽こそ、薄いが、肩まで、伸びた髪には、絹糸のような光が、輝いている。
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童話的に、降り積もる雪も、一際風が、吹けば、白い野獣と化し、旅人を凍らせる。しんしんと積もる雪が、ぬくもりを持たせたまま、人を眠らせる。吹きすさぶ雪は、ほんのひと時ではなく、永遠に、人を眠らせる。暖を奪い、濡れそぼったからだは、蒼白く張り、唇は、紅を失い、雪のしたで、惨めな、眠りにつく。大地に還る時は、春の日差しにさらされる時か、弱食動物の餌食になる時か・・・。
感覚のない指に、息を吐きかけながら、進む巡礼の母子連れ。自然の猛威から、子をかばいながら、歩む姿が、年の瀬も押し迫った街道にあった。吹雪と昨日からの積雪とで、母親の手に引かれながらも、少年は、何度も躓き、腰のあたりまで、ある雪原に転んだ。幼少の脚で歩くには、辛い雪原の街道。




