愚者への堕ち方
かなり長くなってしまいました。それでも良いという方は是非最後までお付き合いしていただければ幸いです。
私の十数年の、そして今後生きるであろう幾許もない人生において最も重大な、そして最も残虐非道と言える行動についてこれから書き記していこうと思う。
私の最大の過ち、言ってしまえば罪についてである。
少しばかり私に興味が残っている者には是非最後まで付き合って欲しい。何一つ自由が許されていないこの現状ではあるが、それを望む程度の自由はまだ私にも残っているだろうか。
それでは、私についての人生譚を書いて行く。これで世間一般の私の評価を変えようなどと考えたりはしない。同情が欲しいのでもない。ただ少しでも、君達の記憶の片隅に残しておいて欲しい。程度の差はあれど、どのような人間でも生きた記録というものは残したくなるものだ。
それが、例えこの王国史に深い爪痕を残した結果だろうが。
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私が生まれた場所は、ユードリティ大陸、アルドニア王国に属する、辺境に位置する名もなき小さな農村だった。特に裕福な家庭の出ではなく、両親も一般的という言葉の範疇に収まる人間であったろう。
今更知らぬ者などいないだろうが一応、説明しておこうと思う。私の名は"プロディ"と言う。当時はただの田舎者の庶民の立場であり姓は無い。
「良いぞプロディ、随分振れるようになったじゃないか! その調子なら将来は騎士だな!」
陽気に話しかけてくるこの男は私の父親。私は同年代の子供と比べ剣術の才覚があったらしく、両親は私に剣を覚えさせたくて堪らない様子だった。
私が八歳を迎えた頃、誕生日を祝っていた時だ。その時、転機が訪れた。私の人生を一変させる転機が。
「流石だなプロディ! 八歳でもう基礎が出来ているだなんてな。この調子なら成人する頃にはすぐ騎士団に入れそうだな! 俺も親として鼻が高いぜ!」
「プロディ! 誕生日おめでとう! ママこの時のために街まで行ってお菓子買ってきちゃった! このまま立派な騎士を目指してね!」
「……うん、ありがとう。ママ、パパ」
私はこの歳ながら、自分の親が純粋な気持ちから騎士を推薦しているのではないことを薄々感じていた。
まだまだ子供だからと言葉の裏に孕んだ意味を隠そうともしないその姿に嫌気が刺していた。
息子が騎士になったとなれば辺境の庶民である私の家庭には姓が付き、領主に納める税もこれまでと比べ嘘の様に軽くなる。生活は想像出来ないほど楽になるだろう。
"箔がつく"なんて言葉もあるが、それがまさに当てはまるであろう。両親は息子に剣の才があると知ってからその欲をあまり隠さなくなった。
とは言え『騎士』という発言にうんざりしていただけであり、自身の両親は嫌いでは無い。むしろ心の底から信頼し、愛していた。村の人間も嫌いでは無かったが、自分が世界で何よりも愛していたのは自身の家族だった。
田舎だろうが、生活が苦しかろうが、私には家族との幸せな時間さえあれば他の何もかもが無かろうとそれで良かったのだ。
さて、そろそろ転機について書こうか。
これを読んでいる者にとっては誕生日パーティと呼べるかも怪しい小規模の行事が終わり、私が睡眠を貪っていた時だ。静まり返った村に突如耳を劈く程の音が鳴る。
「魔物だ! 魔物の群れだ! 皆家の中に入るんだ! 騎士様の救いまで持ち堪えるんだ!」
村中に慌ただしく甲高い鐘の音が鳴り響く。村の見張りが切羽詰まった様子で、辺り一帯に聞こえる程の大声で村に知らせる。
魔物について語ろうか。都市、特に王都などに住む場合は知らない者も多いだろう。
私達が住んでいるこのユードリティ大陸には人族と魔物が存在した。魔物は大きく分けて魔族とその他の魔物に分類される。
魔族は人の姿に似た知能が高い生命体。魔族以外の魔物は知能が低く、動物の様に生きている。どちらも生命の源は魔力というエネルギーを使っている点で共通している。
魔力、人族と魔物に不平等に宿る力。魔力は魔物にのみコントロール出来る。人族にとっては未知その物であり、未だ自由自在に扱うまでには程遠かった。人族は魔族と比べてその身に流れる魔力量が少なく、幅広い応用も出来なかったのだ。
魔物は大陸共通の脅威であり、魔物を統べる魔王という存在は全てと言っても過言ではない人族から目の敵にされている。そして、人族と魔物は長い……本当に長い間争い合っていた。
さて、私の話に戻ろう。私の身に長き睡眠から意識が戻った時、村の……いや、我が家の惨状はそれはそれは酷い物だった。
私が起きて一番に感じた事といえば、
「何これ……血の匂い?」
という、異臭を感じ取った物だった。
私は恐る恐る隣に寝ている筈だった両親を見る。
「え……お父さん? お母さん?」
両親は二人とも布団の中にはいなかった。
私は恐怖から思考が収束せず、とにかく現状を解決するために家を出ようとする。敷いていた藁を退かし、家の入り口の方まで進む。嫌な予感がする。その嫌な予感が的中していないことを祈りながら私は暗闇の中を手探りで歩き続ける。
「プロ………ディ」
聞き覚えのある声が家の外から聞こえてくる。
「お、お父さん!」
私は咄嗟に外に出てきてしまった。
「………なっ! プロ……ディ! 何で起きて」
私の目に入ってきた情報は認めたくない物だった。
猪の様な魔物の牙が父親の腹を貫通していた。そして父親が持つ剣も魔物の心の臓を突き刺していた。
相打ちという物だろう。近くの地面には上半身と下半身が泣き別れになって内臓が飛び出して、そして破裂している母親の姿があった。母親はあの時点で間違いなく死んでいた。父親も一秒先には死んでもおかしくないと言った状況だった。
「え………あ…………な」
言葉が出てこなかった。その当時の心境はあまり覚えていない。頭が忘れようとしているのだろうか。ただ、父親と母親が魔物によって殺された。その事実だけは鮮明に脳に焼き付いていた。
私が唖然としていると、
「すま………なかっ…………た」
という言葉が父親の口から溢れる。それと同時に父親の目は虚ろになり、剣を握る手が緩みぶらりと空中を漂う。
「あらら、所詮は猪の魔物ね。この程度の人間に殺されるだなんて」
私が放心している時、現実を受け入れられなかった時に口から一つの単語が飛び出す。
「ま……魔族?」
何も現実が掴めない状況の中、僅かに残されていた理性が何とか魔族という言葉を絞り出した。
「はぁ? この程度のガキすら殺せずに負けるだなんて……魔王様にもう少し強い魔物を貰えるよう頼んでみようかしら」
魔族の女は現状に呆れながらも私に向いていた。
「カエデレ・カルキブス」
魔族は呪文のような物を唱える。
次の瞬間、一筋の光が差した。それは魔族が放った攻撃かもしれないし、次に起きる展開を察した希望の光かもしれなかった。今となっては当時の記憶は薄く、鮮明に思い出せるのも死した両親の姿だけのため、どちらがもたらした光かは不明である。
「騎士様だ! それに勇者様もいるぞ!」
見張り役をしていた男の声が遠くから聞こえる。
「チッ、勇者? 何でこんな田舎にいるのよ。奴の活動範囲は王都なんじゃなかったの?」
魔族は私に対して向けていた殺意を解き、すぐさま逃げの姿勢を取ろうとする。
「………逃がさないよ」
遠くから何かが光のように飛んできた。
「あっ、があっ!」
飛来したそれは短剣だった。魔族の胸には一瞬の間に短剣が刺さっており、動きが制限されていた。
「終わりだ」
癖毛の金髪で、青いマントを羽織り鎧を着込んだ青年。今から逆算すると二十歳くらいだろうか。がっしりとした身体の青年はいつの間にか魔族の背後へと回り込んでいて、大剣……大人から見れば片手剣だろうか、を振りかざす。魔族は次の瞬間、綺麗にその身が両断されていた。
「ゆ……勇者…………がぁ」
魔族は碌に言葉を言い残すことをせず、一瞬にてその生涯に幕を下ろした。一瞬だ。全てが一瞬だった。全てが終わってから鎧がガシャガシャと音を立てる。まるで音を遠くに置いてきていたかの様に。
「大丈夫だったかい? 少年」
青年は私の方に笑顔を向けたが、すぐ近くの両親の死体を見た途端ゆっくりと青ざめて行く。
「…………ごめん、間に合わなかった」
"間に合わなかった"この一言で先程私が感じていた希望は全てが崩れ、私の意識は闇へと堕ちた。
騎士ならば、勇者ならばこんな状況でも両親を救えるかもしれない。もしかしたら両親も生き返るかもしれない。
幼さ故に抱いたそんな幻想、淡い希望は打ち砕かれた。
魔物の群れは片付いた。数人の騎士と勇者に片付けられた。後から聞けば、被害はほぼゼロだったらしい。畑が僅かに荒らされていた事と、死者が二名。私の家が魔物に真っ先に狙われたのだろう。
私の推測では、母親が用を足すためなり何らかの理由で家から出た時を真っ先に狙われたのだろうと思う。母親の悲鳴を聞き取った父親が魔物の撃退に向ったが、父親はまともな戦闘訓練など受けておらず、相打ちという結果になったのだろうと考えている。
私の家は村の入り口からかなり離れていたので鐘の音は殆ど聞こえなかった。緊急事態だったなんて、まるでわからなかったのだろう。
大多数の人間からすれば、無事にこの村は一件を乗り越えたのだ。そんな事実を祝して、その村では翌日から一晩かけて宴を開こうという話になった。
私は覚束ない足取りで村の中央に立っていた勇者と呼ばれる昨日の青年の元へと向かう。
「やあ君は………っ! 昨日の少年。すまない、本当にすまない。君には一生癒えない傷を残してしまった」
勇者と呼ばれるだけあって、彼はとても正義感の強い人間の様だった。誰から見ても勇者には、救いに来た者には非はないと言えるのに。
「どうして………なんで僕のお父さんとお母さんを救ってくれなかったの! 何で僕だけ!」
私の口から出た言葉は、そんな勇者の言葉に甘えた八つ当たりだった。
「ごめん………本当に……もう少し私が急いでいれば間に合ったものの……」
勇者の言葉は嘘だった。彼は当時かなり離れた村にて戦っていた。私がいた村の時よりも強い魔族との激闘。既に勇者は満身創痍であった。
だが、隣の村にて魔物の群れが出たとの報告を受け、全速力にて向かっていたのだ。
勇者は子供の私に対して悪役を演じていた。向ける先のない私の憎悪を、勇者は一心に引き受けたのだ。
ただ、当時の私にそこまで考えが及ぶ筈もなく、勇者に罵詈雑言を浴びせ続けた。
客観視すれば悪は魔物だ。勇者な筈が無かった。少し考えれば分かることだったのに、当時の私の心にはそんな余裕は無かった。
村の隅には今回の件の被害者。私の両親が布に包まれていた。村人との交流も多く、関係性も悪くなど無かった夫婦の最期は、誰の目にも触れられずに朽ち果て燃ゆる。
それは未だ八歳の少年には到底受け入れ難い事実だった。
私の心から憎悪と後悔が晴れるまでに……いや、隠れるまでに五年が掛かった。まるで何をするにも生気が無く、まるであの時の自身の両親と同じく虚な目をしていた。
私は、両親が亡くなった日から隣の家の者に引き取られることとなった。その家で五年を過ごしたのだが、私はどこか他人行儀な態度で生活していた。
「プロディ君? 騎士になってみないかね?」
五年が経ち、私に少し明るさが戻った時、その家の男が言ってきた。
「おじさん、騎士………ですか?」
「ああそうさ。王都で今騎士団が志願者を募集していてね。どうやら騎士団が五年以内に魔王に挑むと宣言したらしくてね。そのために人員を補充してるんだってさ」
そうだ。何故かは分からないがこの当時、ユードリティ大陸全土で魔物被害が増加していた。それは王都……ハードリッヒの騎士団も把握していた。
そのため、騎士団は魔物を統べる者、魔王を撃破しようと考えたのだ。
魔王は全ての魔物を統率する者でありながら、魔族へと魔力を供給している存在でもあった。それはつまり、魔王が死ねば全ての魔族が滅びるという事を示していた。
魔力を生命源として生きている魔族。その魔力の供給が断たれれば魔族に生きる道は無くなる。残されるのは知能の低い魔物だけであり、大陸の魔物に対する脅威は皆無と呼べる程まで下がる。
そのため騎士団、そして王都ハードリッヒは魔王の撃破を五年以内の目標としたのだ。
「ハードリッヒまでの移動費ならば俺が負担してやる。どうだね?」
「おじさん………何故僕を騎士にしようと?」
「プロディ君、君の剣をこんな辺鄙な村で終わらせてしまうのは勿体無いと思ったからさ。せっかくのチャンスなんだ、騎士団に志願してみないかい?」
私は一度もあの家で剣の訓練をしたことなど無かった。私の実の両親から自慢でもされていたのだろう。ただ、あの男から感じたものは両親とは違った。本当に、ただの善意から騎士に挑戦すべきと語ったのだろう。
それは家族を失い生気の無い五年を過ごした私への同情なのか………それともやり場のない私の憎悪を晴らすためだったのか。今ならば色々と考えが浮かぶ。彼は私を本当の息子の様に扱っていた。本当に彼には悪いことをしてしまったな。
「おじさん、僕やってみます。騎士団に入ってみたいです。今のこの無気力な生活を続けていたら……このままだと駄目だと思うから」
「分かった。ハードリッヒまでの移動手段を手配しよう。ただ……ハードリッヒに着くまでには二ヶ月は掛かるだろう。長き道のりになる。提案した私が言うのもどうかと思うが……君に耐えられるか?」
私の周りにはとにかく優しい者が多い。子供ながらに両親を失った境遇への同情なのだろうか。過去を振り返れば本当に実感する。非常に恵まれた人間関係だった。
「大丈夫です。僕はもう少しで十四歳になるんです。あと一年で成人ですよ? それに、おじさんに養ってもらうばかりではいけないと思っていたんです。自立する丁度良い機会ですよ」
「………もっと色々と伝えたときたい言葉はあるんだけれど、まあ、王都のことも騎士のことも碌に分かっていない俺から言えるのはたった一つだ。頑張れよ! プロディ君」
それまで他人行儀だったが、その時だけは良い雰囲気だったと思う。私があの家に引き取られてから最も良い雰囲気だった。
その会話以来、王都に行くまでの残り僅かな時間は楽しいものだった。家の者とも打ち解け、気楽に話せる様になった。
ただ、楽しい時間というものはすぐに終わるのだ。二週間も経たないうちに、ハードリッヒへの馬車が私を迎えに来た。
この時が私の短い人生の中で最後の楽しい時間だった。
「おじさん、行ってきます!」
「随分と明るい顔になったものだね、プロディ君、頑張ってこいよ!」
私は馬車に乗り、二ヶ月程の王都を目指す旅が始まった。天幕を張り、質素な料理に野宿。これを読む者からすれば過酷な道のりだと思うだろう。ただ辺境の村から王都に向かう手段としてはこれしか無い。これが辺境に住む者にとっては一般的なのだ。
二ヶ月……どれ程の時間が経ったのかは正直あまり覚えていないのだが、二ヶ月ということにしておこうか。
私は王都に着いた。
王都ハードリッヒはユードリティ大陸において最も栄えた場所であり、大陸のほぼ全土を支配しているアルドニア王国の中心地でもある。
ちなみに、大陸の"ほぼ"全土を支配と書いたが、ユードリティ大陸の最北は魔族が支配している。騎士団が目標としている魔王がそこを支配していた。
私は王都に着き、宿を確保した後、直ちに騎士団本部へと向かった。まるで城のような外見であり、初めて見た時はかなり衝撃的、そして感動的な気分に陥ったことを覚えている。
緊張からか、覚束ない足で歩いていた私は志願者だと丸分かりだったらしく、すぐに話しかけられた。
「君は……志願者の子かな? あそこに受付の子がいるだろう? あそこに行ってみると良いよ」
「はっ、はい。どうも」
先輩の騎士だったのだろうが、当時私に話しかけて来た男が誰なのかは覚えていない。
私は彼に言われた通りに受付まで行き、そのまま志願の旨を伝えた。彼女曰く、当日は個人情報を控えるのみで終わり、後日に能力の測定を行うとのことだった。身体能力、そして実用的な量の魔力を有しているか。大きく分けてその二項目が騎士には必要とのことだった。
幸運なことに、私はどちらの項目も基準値をギリギリ越えることが出来た。一般的に、志願者の多くは魔力の測定で基準値を満たすことが出来ずに落とされるのだが、私には何とか一定量の魔力が備わっていた。
知らぬ者もいるだろうと思うので、ここらで説明しておこう。人族に残されている魔力の使い道を。
魔物にとって魔力は生命源であり、万能のエネルギーでもある。思考を介し、魔力を放出する。物を具現化する。炎や水を出す。地形を変形させる。個体によって扱い方や放出できる量は違えど、万能の力に違いなかった。
一方で、魔力の総量が少ない人族には、魔物の様に魔力を自由自在な形に変化させることは出来なかった。そのため、人族は未知のエネルギーである魔力の使い道をパターン化したのだ。
魔力を規定の術式を通して具現化する。事前に構築されている術式を利用することにより、魔力を流す際の無駄を極限まで省くことが可能となる。それにより、魔物よりは劣るが少量の魔力で最大限の結果を担保することが可能となった。その人族が長きにわたり考え抜き確保した魔法の使い方をアルドニアにおいては"魔術"と呼んでいた。
基本的に直接魔物と戦うことになる騎士団においては、魔術……ひいては魔力を備えていることが入団の最低条件であった。
騎士団に志願した時、私の年齢は十四歳だった。アルドニアにおいて成人年齢は十五歳。そのため、私は能力の基準値を満たしてはいるものの、見習い騎士として訓練を受けることになった。
「プロディさん、貴方の今後の訓練予定になります。貴方の様に年齢が足りずに見習い騎士となった他の志願者の方々と共に訓練を受けてもらうことになります」
私の能力の測定が終わった時、教官の男が告げてきた。
「えっと……これで僕……いえっ、私は騎士団へと入れたのでしょうか」
「その通りになります。貴方は今日を持ってユードリティ大陸アルドニア王国の王国騎士団見習い騎士の立場となります。精進して訓練に励んで下さい」
私はそこから約一年、寮へと移り騎士団の訓練を受けることになった。
初めて魔術を発動できた……だの、初めてちゃんとした剣術を教わることができた……だの、最初の頃は感動を覚えることもあったが、四ヶ月程が過ぎてから、私はただひたすら虚無の思いで訓練を受けていた。
故郷にいた時からそうだ。私には明確な目標が無かった。一つとて目標を持っていない人間は直ぐに壊れてしまう。当時の私は"強くなりたい"という目的とも言えない目的で自身の意思を繋ぎ止めていた。
「はぁ、はぁ、これで素振りは目標数」
「プロディ見習い騎士! 何を休んでいるのだ! 騎士に休憩は求められていないぞ!」
「はっ、はい! 教官」
騎士団本部が所有している訓練場。本部から少し離れた位置にあるこの場所には、騎士となるべく必要な全てを学べる場所であった。
剣術、魔術の両方を同時に学べる場所など、アルドニアにおいてこの場所くらいであり、全ての戦いの心得を学びたい者にとっては憧れの場所である。
私が見習い騎士にて四ヶ月を過ごした時、一つ大きな出来事が起きた。
「見習い騎士の諸君、明日、勇者殿が見学に来る。アルドニアが誇る偉大なお方であり、我々騎士が手本とするべき存在である。普段以上に気を引き締めて訓練に臨め!」
勇者の訪問。それは私の人生を大きく変えることとなったのだ。
「やあ、初めまして見習い騎士の皆。私はアルドニアの勇者を担っている、名はフォルティ、姓はツィアユスティーだ。今日一日は君達を見せてもらおうと思う。是非精進してくれ」
現れた勇者。それは私が知っている見た目と殆ど変化は無かった。強いて言えば青年と呼べる程若々しい見た目では無くなっていた。
「やあ、君の名は?」
「………プロディと申します」
私が周りから少し離れて訓練をしていた時、勇者が話しかけて来た。
「そうか、プロディ君か。訓練で何か詰まっている場所とかあるかい? 勇者と言われても一応騎士団の訓練は受けてるからさ、教えてあげれるよ? どう?」
勇者……そうだな、フォルティと記そうか。彼は昔私と出会っていることは忘れている様だった。それにしても彼は五年程度では何一つ変わっていなかった。正義感の塊の様な存在であり、私にも善意から話しかけていた。
「そうですね……剣の決闘にて一度も勝てたことが無いんです。私の鍛錬不足なのは把握しておりますが……何らか方法はないでしょうか」
「うーん、そうだね。………君には、特別に僕が使っている魔術を教えてあげよう。しっかり見ておいてくれ」
フォルティは地面に指で円を、何重もの円を描き始めた。
「っ! これは…………術式?」
「うん、その通り。理解できるかい?」
「この円に魔力を流し初めて………ここに繋がって……えっと、次が…………」
「ハハっ、よく学んでいるね。この術式は僕が使っている魔術"閃光"の術式さ。僕自身が考案・構築をした術式で理論は僕しか知らない、完全にオリジナルの魔術さ。理論を聞くよりもまずは見せた方が良いかな」
フォルティは私から数歩離れ、構えを取る。
「よく見ておくと良い。これなら決闘にも使える筈さ」
次の瞬間、フォルティは一瞬にして私の背後へと回り込んでいた。
「なっ……早っ!」
私は一瞬にて理解した。故郷の村にてフォルティが見せた戦闘。彼は目に収めることは不可能な程の速度で動いていた。これが彼の魔術"閃光"であると。
「場所と場所との距離を一瞬の間に詰める。シンプルながらに最強の魔術であり、僕の強さの秘訣でもある。この魔術こそが、僕がアルドニア王から勇者の称号を賜ったきっかけでもある」
「あ、あの。良いんですか? 私なんかに勇者様の秘密を色々と話してしまって」
私は何よりも気になっていたことをフォルティへと聞いてしまった。
彼は僅かに眉を動かしながらも答える。
「そうだね………あまり良いこととは言えないな。でも、君が昔の僕に似ていたのさ。周囲の騎士とはあまり馴染めず、大きな目標もない。今の君はこんな所だろう?」
「……よくお分かりで。私に勇者様の過去を詮索するつもりはありませんが、あなたがそのつもりならば感謝いたします」
「その通り。施しを受けた時は素直に喜べば良いものだよ、プロディ君。喜んでおけばそれだけで施しを与えた者は満足感を得るのだから」
私はその日の訓練が終わるまで魔術"閃光"の習得に努めた。集中していると時は早く過ぎる。その日の訓練が終わるであろう時間帯になった時、勇者が見習い騎士全体に向け、演説を始めた。
「見習い騎士の皆。君達は我々の希望だ。未来だ。我々は近い将来、魔王との決戦を始める。その頃には君達の称号から見習いの三文字は消えているだろう。アルドニアの未来を、共に守ろうではないか!」
大盛り上がりだった……これを記している今、あまり覚えてはいないのだが。しっかりと記憶しているのはこれを語っている最中にほんの一瞬フォルティが私に笑いかけていたということくらいだろうか。
私はこの演説を聞き、自身の中に目標が作られた。
復讐してやる。殺された両親の仇を取ってやる。そんな気持ちが強く湧き上がった。なぜこのタイミングだったのか。今尚不明な点だ。
それからの六ヶ月。目標を持った途端に、私の実力はメキメキと向上していった。決闘においても、私は見習い騎士の中で唯一、戦闘に魔術を組み込んだ高度な戦闘を展開していた。
勇者フォルティの魔術"閃光"に勝る相手はおらず、殆ど勝負にならなかった。
私が十五歳となり騎士へとなった時、対人戦闘における私の実力は騎士団の各師団長クラスと比べても遜色ない物になっていた。
「プロディ騎士。迫る魔王戦、君は参加するかね?」
この時期、私達騎士は一人一人が騎士団長へと呼び出されており、魔王との戦いへと参加するかを問うていた。これまでの騎士団の活動とは比べ物にならないレベルの強敵との戦いに対し、本部は一人一人に作戦から離脱する権利を……生きる権利を与えていた。
ただ、後から聞いた話なのだが、この問いによって作戦を離脱した人数は、騎士団全体の一割にも満たなかったのだと言う。
初めて会う騎士団長の姿に緊張しながらも、私は確固とした意思で答える。団長は六十代程の外見であり、白髪に長い髭を備えていた。
「無論、参加させていただきます」
「そうか……それは良かったよ。プロディ君、君の噂はかねがね聞いているよ。あの勇者フォルティ・ツィアユスティー殿から魔術を教わったのだと」
私がフォルティから魔術を学んだというのは同年代の騎士の中では話題になっており、先輩騎士の間ではフォルティが一目置いた見習い騎士がいると噂になっていた。
「ぐ、偶然私に対して教えてくださったのです。勇者様には彼なりの考えがあった様で、なぜ私に魔術を教えてくださったのかは分かりませんでしたし」
「ハッ、人の考えなどそう簡単に理解出来る物ではないのだよ、プロディ騎士。それに施しに理由を求めるべきではないさ。善でも偽善でも良いことに変わりはないのだ。それを詮索するのは傲慢だよ」
「そ、その通りですね。失礼しました。勇者様にも似た様なことを言われました」
騎士団長との会話は一言一句覚えている。常に私の中の核心を握られているかの様に印象的な会話だった。彼との会話の後約一年は大きな出来事は無かった。たった一つ復讐という目的のために訓練は手を抜かなかった。
そうだ、私の名前に名字が増えたのは騎士になって大きく変わったことの一つだ。
"プロディ・イーンフェルナ"騎士となり得た私の名前だ。今君達が読んでいる本の著者の表記にはこの名前が使われている筈だ。
一年間、私は様々な任務を受け続けた。騎士として実際に戦場に向かい、数多くの経験を積んだのだ。数多くの魔術の術式を学んだのもこの頃だ。"閃光"の扱いにも慣れ、魔物と戦った回数も両手の指には収まらないほど増えた。
私の活躍は団長にも認められた様で、私は十六歳でアルドニア王国騎士団騎兵隊副隊長の座に着くことになった。今になって振り返れば、騎士団史上最年少といった若さでの騎兵隊副隊長の座に反感を抱く者も多かったのだろう。大半の部下とは、最後まで私への不信感からか円滑なコミュニケーションが出来ずにいたのを覚えている。
騎兵隊副隊長になって程なくして、魔王との戦いが始まろうとしていた。大陸全土に散る騎士を王都へと呼び戻し、対魔物との前線をユードリティ大陸北部にまで引き上げたのだ。
私が所属していた騎兵隊も、王都ハードリッヒを離れ大陸北部にて建設された前衛拠点へと集結していた。
「と、途轍もない数ですね。この全員が騎士とは」
私達は任務を終え、少し遅れながらも北部の前衛拠点へと到着していた。
「任務に当たっていない大陸中の騎士が全てこの拠点に集っているのだからな。私でさえここまでの大規模作戦は初経験だ。気を引き締めなければな」
私の所属していた騎兵隊のトップ、騎兵隊長は王国騎士団に入団して四十年は経つベテラン騎士であった。齢五十を超えるものの、未だその身体に衰えは見えず、研鑽を重ねた魔術に加え長年に渡る経験から得た戦い方は恐ろしいものがあった。
私でさえ一度だって彼に勝てたことはない。
拠点にて一週間程を過ごした後、ついに突入日が翌日へと迫っていた。
「いよいよ本格化してきましたね、隊長。私は未だに実感が湧きませんよ」
「そうだなイーンフェルナ副隊長よ。実感が湧かないのは私もだ。こうまであっさりと長きに渡り争ってきた人族と魔物の戦いに終止符が着くだなんてな。……何とも言えない気分だ」
「これも全て勇者フォルティの誕生に感謝ですね。彼一人の力でこれまで拮抗していた人と魔物のバランスが一気に傾いたのですから………彼は英雄ですよ」
「うむ、その通りだな。フォルティ殿には感謝せねば」
騎兵隊長との会話。魔王へと挑む前の様々な会話で最も印象に残っている物だ。あの場で勇者フォルティの話をしていた私はどことなく虚な目をしていたことが記憶に残っている。
魔王との決戦にて、騎士団の指揮権は最高戦力とされていた勇者フォルティ・ツィアユスティーの手へと委ねられた。私達騎兵隊はフォルティと共に真正面から魔王の元へと攻め込むことになった。
大陸北部には魔物が棲家としている場所がある。魔族の拠点"魔王城"であった。莫大な量の魔力により巨大な、そして乱雑に形成された構造体であり、私が騎士としての最後を迎えた場所でもある。
「お、見つけた。久しぶり! さっきの会議では君と中々話せなかったからね、プロディ騎士………いや、今は騎兵隊副隊長だったかな? 身体、それに閃光の具合はどう?」
突入前日の夜、騎兵隊との作戦会議を終えたフォルティが私に話しかけて来た。
「お久しぶりです、勇者殿。"閃光"非常に役立っております。貴方の魔術が無ければ、私はここまでの速度で今の地位には登れなかったと思っているので。本当に心から感謝しております」
「ははは、良いよ。君に教えたのはただの僕の自己満だし、それに本番はこれからだからね」
「魔王城………ですか」
「そう、魔王城。あそこには遠くからでも分かる程の魔力が渦巻いている。数え切れない程の魔物が蔓延っているだろう。プロディ君、覚悟は出来てるかい?」
覚悟……訓練場にて彼の演説を聞いた時から私には覚悟が決まっていた。私が今後茨の道へと進む覚悟が。
「さて、プロディ君、明日だ。明日が人族と魔物の運命を変える日だ。魔族の文明が終わる日であり、ユードリティ大陸の人族による完全なる支配が始まる日だ。人の未来のために、そして同じ魔術を使う者として、共に頑張ろう」
正義という言葉そのものかのような存在。勇者フォルティはそう言って私の元を離れた。
「はい、終わりと始まりの日。頑張りましょう、フォルティ・ツィアユスティー」
私は虚な、そして完全に覚悟を決めた様に腹から声を絞り出していた。
魔王城の決戦。魔王に臨むまでの道中についての詳細はアルドニア王国騎士団の最重要機密に触れる内容であり、ここに記してしまってはこの本はハードリッヒ図書館の規制対象になる恐れがある。
最初に書き記した様に、私の今の目的は知ってもらうということなのだから。それを果たすためにも、魔王城内部での戦いは省くことにして、魔王との直接対決のみを記すこととしよう。
「………勇者様。あれが、あの魔力の塊が魔王でしょう。我々騎兵隊は覚悟は出来ております。参りましょう!」
「そうだね。隊長殿、終わらせよう。この長き戦いに終止符を」
私達は現在、大きな扉の前に立っていた。魔力の動きからしてこの扉の先に魔王がいる。どうしてもそう思わざるを得ないほど大きな魔力が渦巻いているのが、扉越しにでも分かってしまった。
魔王の元へと辿り着くまでに、騎兵隊の隊員は殆どが満身創痍の状態になっていた。閃光を使い、一瞬で道中の魔族を倒して来たフォルティと私。そして異常なまでの体力を誇る騎兵隊隊長以外の隊員の顔には明らかな疲労の色が見えていた。
突入時は五十はいた隊員の数は、今となっては十五人まで減っていた。大半が疲労困憊による戦線離脱。それ以外は魔族との戦いにより殉職。何度も人の死を見て慣れていたと思っていた私でも、流石に魔族との実力差、そして現実の厳しさを感じざるを得なかった。
「プロディ君、考え事かい? もう魔王は目の前なんだ。集中しよう」
「はっ、はい。勇者様」
「プロディ君、突入する前に言っときたいことがあるんだ。君と私の仲だろう? そろそろ勇者様って堅苦しすぎる呼び方、変えて貰えないかな」
「なっ、へ?」
魔王の元へ突入する前、フォルティの突拍子もない提案に私はどこか気が抜けてしまった。
「呼び方……ですか?」
「そうさ。同じ魔術を使って同じ部隊で戦ってるんだ。僕はそろそろ君とは打ち解けたいと思っていたんだ」
「急ですね……では、貴方が望むのなら"フォルティ"と」
「ハハッ、いやまさか、いきなり呼び捨てまで行くとはね。ああ、君はそれで良いとも。ここからの正念場、頑張ろうプロディ」
私達は、フォルティと共に魔王の元へと突入する。最後の戦いへと挑んだ。
「………数多くの矮小な魔力が我が城へと潜り込んでいたがそうか、人間の反応だったか」
"それ"は私が、いや、人の歴史上出会った全ての魔族よりも悍ましい存在だった。一目で分かる限りでは蝙蝠、蛇、蜘蛛、そして人を掛け合わせた見た目をしている異形の化け物。常軌を逸した巨躯。それが魔物の王、魔王だった。
魔王は軽く感知するだけでも、通常の魔族の百倍はあるであろう莫大な魔力量を、私は瞬時に感じ取ることができた。
「貴様が魔王! 全ての災いの元凶であり不幸の源! 今日ここで貴様の命を終わらせてやる!」
普段は温厚なフォルティが激昂し、すぐさま剣を引き抜き戦闘態勢へと入る。
「聞き捨てならぬな。災い? 不幸? これは種族と種族の大陸を巡った戦争であり、このユードリティの支配権を巡った争奪戦なのだ。その為に発生した不幸は貴様ら人間の実力不足。弱いからではないのか?」
まるで常識であり、当たり前かのように魔王は淡々と語る。
「ダメだ……やはりダメだ。貴様ら魔物との共存は叶いそうにない。アルドニア王国の勇者として、貴様を倒す」
「………そうか、貴様が勇者か。魔力は少ないながらも……他の人間とはその目が放つ殺気が違う。どれ……人族の最強と認め、少し試してやろう」
魔王がフォルティに向け腕を上げる。
「………ワスターレ」
魔王が詠唱のような物を終えた後、奴の手から黒い靄が湧き出て来る。嫌な気配、本能的に間違いなく触れてはいけないと分かる。体が拒否している。そんな物質だった。
「僕にそんなものは当たらない!」
フォルティはこれまでよりも一段と速く動き、魔王の懐に潜り込む。
「死ね!」
しかし、フォルティの剣は魔王の胸には届かなかった。魔王は鋼のような身体であり、勇者の剣は魔王の皮膚の表面に僅かに傷を残したのみであった。
「私に傷を付けるとは。流石、数多くの同族を屠って来ただけはある。だが、その程度では我が命へと刃を届けることは出来ぬ」
フォルティはすぐさま魔王から距離を取るが、一歩遅く彼の左腕は魔王の靄の中に飲まれていた。
「呑まれっ! ぐっあぁあ!」
フォルティの左腕は着ている鎧ごと分解され、消失していた。彼の腕からは血も出ておらず、断面は焦げているかのような外見だった。
「はぁ、はぁ、すまない……僕一人先行してしまった」
どうやら左腕にはあまり痛みはないようで、少しずつ落ち着きながらフォルティは私達騎兵隊に語りかけた。
「今の僅かな立ち合いでも分かる、途轍もない相手だ。勇者殿、何か策はあるか?」
「隊長殿、僕にもさっぱり。まるで果てしなく高い壁に対面しているようだ。閃光に初見で対応されたのも初めてだし、総力戦かな」
会話しながらも二人の周りにはいくつもの術式が構築されて行く。その殆どは身体強化の魔術であり、私には読み取れない未知の術式もあった。二人に一歩遅れて私を含めた騎兵隊が各々の術式を構築して行く。
「はぁ、はぁ、もう魔力も殆ど残ってねぇよ」
「気張れ! 俺達の敵はもう目の前なんだ」
「よっしゃ! これで死地に行くのも最後! 全部終わらせてやる!」
隊員が一人一人軽口を叩くように覚悟を決める。
「行くぞお前ら! 王国騎士団の意地を見せろ! 全員突撃!」
隊長の声を皮切りに魔王との戦いは再開された。隊員の一人一人が雄叫びを上げながら無謀にも魔王へと挑む。奴に僅かにでも対抗できる者など隊長クラスしかいないと言うのに、自ら命を賭けた陽動となる。人の命の儚さ。それと同時に魔王の異常さを心の髄まで分らされた。
長い。本当に長い戦いだった。体感では三日三晩戦った気分だった。一瞬の油断さえ許されない魔王の攻撃。未だ生きている隊員はとっくに魔力切れ。隊長や勇者でさえ魔力の枯渇を懸念するほどの長期戦だった。
「フッ、フッハハハ! 面白い! 心が沸く! まさか群がる蟻だと思っていた貴様ら人間がここまで足掻くとはな! 完全なる誤算だ。貴様らのしぶとさを讃美しよう。私の人生最初にして最後の本気を見せてやろう!」
戦いへの興奮が隠せない魔王。奴は途方もない魔力を一つに圧縮し始めたのだ。
「プラエタリット・フィーニス!」
奴が呪文の詠唱のようなものを終え、魔力を解放しようとした瞬間。この場にいた誰もが死を覚悟した瞬間。私は動いた。
「…………終わりだ」
次の瞬間、光のように動いた剣は魔王の腹を貫通していた。
「今だ! フォルティ! 急所を突け!」
私の声に瞬時に反応したフォルティが閃光により再び懐に潜り込む。そして、魔王が反応する間もなく、高速で何重もの術式を展開し、心の臓を一突きにした。
「…………そう……か…………貴様にも使えたの………か。これは……私の………負けだな」
奴は言葉を零しながら意識を暗闇へと落として行く。
私は閃光の手札を最後まで切らずに残していた。最後の、このタイミングで使う為に。この戦いでは普通の魔術しか使わなかったこの私が、興奮し冷静さを欠いた奴への急襲を完璧に決める為に。
魔王の巨躯は少しずつ崩れて消失しようとしていた。
「はぁ、はぁ、プロディ、見事だった。見事だったとも」
フォルティはそう言って膝をつく。彼以外の者も完全に魔王を討ち取ったことにより、張り詰めていた気が緩んだのか気絶する者もいれば、地面に大の字に伏して雄叫びを上げる者もいた。
「イーンフェルナ副隊長………よく……やったぞ」
「ええ、隊長。そうですね」
私は冷静に、感情を抑えるように答える。魔術を隠し戦闘していた私以外の者は体力、ひいては魔力切れにより自由に動けずにいた。
「うっ………ふぅ……ぐっ、があっ!」
次の瞬間、私はフォルティの胸を一突きにしていた。
これが、この出来事こそが、これを読んでいるアルドニア王国民の諸君が"勇者殺しプロディ・イーンフェルナ"と呼ぶきっかけとなったものだろう。
「…………は? な、何をしている! 副隊長!」
隊長の声が辺りに響くが私の耳には届かない。外部の声は全く耳へと入らずにフォルティの声だけが響いていた。この瞬間だけ、私はフォルティと心の中で繋がっていた様に感じていた。
「……プッ、プロディ……なぜ………なぜだい?」
フォルティはおそらく何か魔術を使っていたのだろう。彼の掌の上では何重かの術式が構築されていた。常人ならば失血死するであろう尋常でない出血量にも関わらず、彼は僅かに意識を保てていた。
「フォルティ・ツィアユスティー、貴方はおよそ八年前に貴方へと泣きついた八歳の子供を覚えていますか?」
「はっ、八年……前? 一体何が」
「当時から多忙な貴方のことです。貴方が少年の両親を救えなかった………ある辺境の村での出来事ですよ」
そこまで聞いてやっと何の出来事か思い出した様で、彼は少しずつ悪くなって行く顔色の中、フォルティは反応を見せる。
「あ、ああ………思い出したよ。でもそれが君に何の関係が……」
「その少年が私なんですよ、フォルティ」
その事実を聞いたフォルティは本当に、心の底から理解ができないかの様に質問する。
「……じゃあ何だ、プロディ、君は………八年前の復讐を今、私にしていると……そう言うのかい?」
フォルティの言葉は理不尽さから来るのだろう怒りを孕んでいた。
「両親の死から八年が経ち、私は何度も心の奥底にある闇……復讐心を払おうとしました。しかし、全ての元凶であった魔王を討っても、結局私の復讐心は消えませんでした。何故でしょうね。今は心がとても澄んでいますよ、フォルティ」
「プロッ、ディ…………私には貴様が理解できない。私は今、心の底から君を畏怖しているぞ。君は……間違っている! 肉親が死んだからと言って………代わりに誰かを殺していい筈が無い! ゴホッ、ガハッ!」
フォルティは口から血を吐き出しながらも声を張り上げる。
「ええ、理解していますとも。フォルティ、貴方は正しい。少年の頃の出来事を未だ引きずっていようと、人殺しに正当な理由などある筈が無いのだから」
「そごまで……ぞごまでわがっ゙てい゙な゙がら゙! なぜ!」
溢れ出す血のせいで彼は上手く発声出来ていなかった。
「貴方は正義ですよ。ただ、正義だけじゃあ復讐心は……闇は消えなかった。魔王を討ち、確信しました。この闇は貴方を……フォルティを殺すまで晴れないのだと」
この辺りのタイミングで、私の行動に呆然としていた周りの騎士達が私を取り押さえた。
「副隊長……いや! イーンフェルナ、貴様!」
真っ先に私を押さえ込んだ隊長が、今にでも処刑をしようと私の首へと剣を当てる。
「ダメだ! 殺すな……ゴボッ、その少年が……プロディ少年がこの凶行に及んだのは、八歳のプロディ少年を私が無視したから………私が勇者の責任から逃げたからだ!」
フォルティは決死の表情で、すぐさま私を処刑しようとした隊長を引き止める。
「………薄々分かっていたとも。最初から……君が僕に心を開いていなかったことなんて。ゴハッ……僕の魔術を教えて……こ、根気強く関わっていればいつかは関係が良くなると……思っていたんだ。全くの無意味……だったなんてね」
フォルティの魔術で持たせているその身体ももう長くは無いようで、震えが止まらず、構築されていた術式も緩やかに崩れ始めていた。
「さよならだ、フォルティ。貴方と過ごした僅かな時間……楽しかったよ」
「プロディ…………貴様は、歪んでいる!」
「私が歪んでいることなんて、私が一番分かってますよ。勇者フォルティ・ツィアユスティー」
それを聞いたフォルティは、最後の力を振り絞って私に顔を向ける。
「そうだ、フォルティ。何か言い残すことは?」
「ハッ、君が……そんなベタなことを言うとは。拍子抜けだ…………そうだな………向こうで待ってる。いつか……この借りを返すよ」
フォルティは自身を貫通している剣を指差して語った。
「そうですね。またいつか……会えればいいですね」
「………………そう……だ………ね」
彼の目から完全に光が消える。それと同時に崩れかけていた彼の術式が完全に崩壊した。身体の震えは落ち着き、顔はまるでもう何も残っていないかの様に、真っ白になっていた。
その後、私の身柄は騎士団に拘束されハードリッヒへと連行されていた。通常、あの状況ならば即刻処刑されてもおかしくない状況だったのだが、魔王討伐には私は必要不可欠であり大きく貢献したと騎士団に認められた点に加え、フォルティが今際の際に必死に隊長を制止した点が考慮され、王都まで戻り裁判を経て正当に罰を受けることとなったのだ。
勇者が死んだ。その訃報は多くの王国民を悲しみの底へと叩き落とした。フォルティは本当に多くの者に愛されていたのだ。勇者の死の真相は私の裁判が始まると同時に大陸中へと広まった。また、フォルティの葬儀は国を挙げて執り行われる事となったようだ。
この時からだろう、私は"勇者殺し"と呼ばれ始めたのだ。
あと一つ、既知の結果であろうが、私は死刑。勿論騎士の称号も剥奪。現場での目撃者が多く、何より私が罪を認めたことにより問答無用の極刑であった。
私に刑罰が下るまでの僅かな時間、私は王都の地下牢へと入れられ生涯の幕を下ろす事になる。
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これにて私の、プロディ・イーンフェルナの犯した罪について知れただろうか。
「どうしてあの時父親と母親を救ってくれなかったのか」
何度この言葉を振り払っても消えなかった。私は最後まで自身の感情に打ち勝てなかった弱い人間だった。私なんかが今更言うのも何だが、後悔している。本当に後悔しているとも。まさか償う時間が与えられないとは思っていなかったが、この罪は死で償おうと思う。
ああ、どうやら私は間に合った様だ。看守に無理を言って紙を貰っていたが、私は最後までこれを書き切れたらしい。
君達がこれを読んでいる頃、私はとっくに死んでいるだろうな、国民の英雄フォルティを殺した悪として。磔になる前にこれを書き切れて良かった。
これを読んでいる者が、私の様に人生の最後の最後までを感情に左右されないことを祈る。今更強欲だと思うが、君達には愚者にならずにフォルティの様な勇者を目指して欲しい。やりたいことがやりたい様にできる人生を歩んで欲しい。
おや、遠くから看守の足音だ。私を迎えにきたのだろうな。それでは、お別れの時間だ。
そうだ、フォルティには一つ謝らねば。私は彼とは別の場所………地獄に行くのだからもう二度と会えないのだった。
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ハードリッヒ図書館の禁書に分類されるこの罪人プロディ・イーンフェルナの獄中記という文書には、これ以上の記載は見当たらなかった。
今日もアルドニアは平和だ。この国、この青空は多くの死に体の上に成り立っているのだ。
「プロディ・イーンフェルナ…………か。こいつも馬鹿な奴だなぁ」
僕は眠い目を擦りながら本を閉じる。
「ふぁあ、眠………っと課題課題!」
僕はそう言って次の本に目を移すのだった。
ども、親の顔よりみた小指です。短編もハイファンタジーも初めての経験でした……ここまで長くなるとは想定してませんでしたが。一応は完成したので個人的にはちゃんと満足できました。ここまでお読みいただきありがとうございます。お気に召したら評価の方もお願いします。




