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押し入れ

作者: 中川クルス
掲載日:2026/01/30

特殊清掃の現場では、

死よりも後に残ったものの方が、

厄介な場合があります。


この話は、

そういう現場の一つを元にしています。

平成10年11月11日


「すごい家だな……」


古びた一軒家を見上げて、つい感嘆の声を上げた。


俺の名前は田中豊和タナカ ホウワ

自営業で清掃の仕事をしている。


今日は特殊清掃の依頼を受け、現場までやってきたところだ。


特殊清掃とは、死んだ人間が生活していた部屋を清掃するのが主な仕事だ。

当然、仏さんがいらした部屋の清掃は、業界の中でもハードな部類に入る。


そして、どうしたものか、この家は悪霊の気配がプンプンする。

仕事柄、こういう現場に遭遇することは珍しくないが、今回のは特別強い。


ともかく早めに仕事を済ませて、帰るのが吉だ。


停めてある車から清掃道具を準備し、ガウンとマスクを着け、家のドアを開けた。

開けた瞬間、異臭が鼻を殴りつける。中は暗い。

いつものことだが、最初のこれが一番気が滅入る。


玄関は吹き抜け。右手に二階へ上がる階段。すぐ横にリビングがある。

階段は途中で踊り場があり、左に上がって二階へ続く。


……この家の中に“いる”。


昔から霊感はあるが、弱い霊を除霊できる程度だ。

ここのは強い霊だ。霊臭も混じっている。


しかし、そんなことは気にしたら負けだ。

俺はいつも通りやるだけだ……問題ない。


事前情報では、二階建て6LDKK、屋根裏あり。

だが実際に最後に使われていたのは、一階の1LDK部分程度だそうだ。

元々八人家族だったが、最後の一人が死に、全滅したとのこと。


最後の一人は孤独死だったそうだ。

まだ日も浅いため、生活感が残っている。


二階から始めよう。

俺は早速、清掃を開始した。


特に問題なく作業が進み、ついに一階のリビングの奥にある例の部屋へ行く。

和室である。

リビングとは襖で仕切られているタイプだ。


ここに来て、異臭がより強くなっていく。


所々にお札が貼られた部屋の中を見渡すと、それ以外にもおかしなことに気付いた。


襖、タンス、箱、机の引き出しなど……ありとあらゆる物の“口”の部分に、セロハンテープが貼り付けてある。


そのテープの上に、何やら呪文が書かれている。


ははぁ、色んな物の口を介して出てくるタイプの霊だな。

それに抗っていたのか。


どうも、ここの家人は悪霊に取り殺されたようだ。

もしかして、その悪霊のせいで一家が全滅したのだろうか?


見たところ、レベルの高い戦いだったであろう、呪文や道具が見て取れる。

これほど準備できる人間を何人も取り殺せるレベルの悪霊だとしたら、いよいよ俺の手に負えない。


さっきから、確実に俺を捉えている“モノ”がいる。

間違いなく、狙われているだろう。


二酸化塩素を噴霧する。


さっさと清掃を終わらせてしまおう。

でないと、俺まで殺されてしまう。




作業そのものは順調で、この調子なら、あと一時間程度で終わるだろう。


この現場は、遺品整理が先に入っているはずだ。

それなのに、やたらと物が残っている。


霊感がなくても、平衡感覚がおかしくなるほど強い霊気だ。

目立つものだけ整理して、さっさと退散したのだろう。


……おや?


写真の入った缶箱を見つけた。


手に取ってみると、その写真には慰霊碑が映っていた。

恐らく山の奥深くだろう。原生林かと思うような、手入れのされていない山の中。

大きめの石(岩?)に、文字が刻まれている。


どこだろう?


その時――


ガサガサ……ガサガサ……


……押し入れ辺りから、何かが蠢く音が聞こえた。

虫や鼠のものではない。


“それ”は、実体を持ち始めているようだ。


俺がこの家に入ってから、六時間程度だ。

予想以上に早い。


急いで作業に戻った。


念のため、昼の休憩は取らずに作業に打ち込んでよかった。

あと一時間弱あれば、作業は完了する。


このペースだと、三十分後には姿が見えるレベルになってしまうだろう。

俺は仕事のペースを上げた。


≪ハラガヘッタ……クイモノハドコダ……≫


……まずいな、言葉が聞こえてきた。

「腹が減った、食い物はどこだ」と聞こえた。


あらかた片付き、あとは消毒液を噴霧して終わりだ。

噴霧器で消毒作業を行う。


もう少しだ。

もう少しで終わる。


ゾクッ!


獲物を捕らえるような、強い視線を感じた。


顔を上げると、押し入れの襖の扉が少し開いている。


おかしい。

先ほどまで、呪文の書かれたテープで封印されていたはずだ。


気にせず作業をするか、もうこの家から離脱するか、二つに一つのはずなのだが、

なんとか仕事を最後まで終わらせたい。


ーしかし、身体を動かせない。

押し入れの襖から、目が離せない。


目を離したらダメだ、襲われる……。

しかし、姿を見てもダメだ。


矛盾が襲う。


そうこうしている間に、押し入れの襖の奥の暗闇に、二つの黄色い光が現れる。


丸々と黄色く光っているそれは、おそらく目だろう。

押し入れの奥から、こちらを覗いている。


ゴルルルルル……


そこから、大型の獣の鳴き声のようなものが聞こえる。


いま、「直ちに逃げ帰る」の一択しか残されていない。




≪見~つけた≫


いきなり、重低音の声が聞こえる。


「見つけたぞ、逃がさないぞ」という意味であろう、その言葉は、

この家の中で聞くには、あまりに不穏だった。


幽霊なんて生易しいものではない。

悪霊と呼ぶにも違う。


圧倒的で、威圧的な圧迫感。

俺は、確実にこの化け物に捉えられている。


片付けて帰ろう!


押し入れから目を逸らせず、そちらを向いたまま急いで道具をまとめ、玄関の方へ移動する。


極度の緊張に、呼吸が乱れる。

心臓が高鳴る。


もう“それ”の言葉がはっきり聞こえるし、

身体の一部が見えるほど、存在がはっきりと形を表していく。


≪逃げても無駄だよ。お前の気配は覚えた。絶対に逃がさない≫


腹の底から響く低い声なのに、

発する言葉や言い方からは、子どものような印象を受ける。


そのバランスの悪さが、一層恐怖を引き立てる。


野太い声で、子どものようにハシャいでいるような感じだ。


これまで遭遇してきた悪霊のどれとも違う。


俺は、強い霊を除霊できるほど力があるわけでもなく、専門家でもない。

それでも、目の前にいる“それ”が、悪霊以上のヤバい存在だろうことは分かる。


禍々しい気配は、どんどん増大していく。


コイツの目的はなんだ?


悪霊なら、俺に憑りついて殺し、仲間にするとかだろうが、

それ以上の目に遭いそうだ。


「ハラガヘッタ、クイモノハドコダ」


最初にそう聞こえたのを、思い出した。


ここの一家を全滅させたモノに違いない。


家を出よう。

もうロックオンされているなら、ここで逃げなきゃしょうがない。


≪便利なものだなぁ。こうして待っていれば、次々にエサが来てくれるんだ≫




――どういうことだ? 次々にエサが来る?


その時、足元に噴霧器が転がっているのに気付いた。


俺の使っている噴霧器ではない。


俺の前に、この家に誰かが清掃で入ったのか……?

業者が自分の道具を、転がしたままにするか?


遺品整理の業者だと思ったが、それとは違うのか?


逃げなくてはいけないのに、

とてつもない“人間の悪意”を感じ取る。


俺は昔から、勘は良い方だ。

その勘が「ハメられた」と言っている。


依頼主のあの女。

特殊清掃で二百万円とは、金払いが良いと思ったが――

まさか、俺をこの家にいるこの化け物のエサにするつもりだったのか?


「便利なものだなぁ。こうして待っていれば、次々にエサが来てくれるんだ」


俺がその“エサ”だと仮定すると、

一人目ではないということだ。


最悪の想像が、頭をよぎる。


俺のやった特殊清掃は、

その“エサ”になった人間の死体の後処理なのではないか。


ふざけんなよ……!


強い怒りが、込み上げてくる。


一家が全滅したのではなく、

その一家が助かりたいがために、この化け物と契約をしたのではないか。


定期的に人間という“エサ”を運ぶから、自分たちは助けてほしいと。

化け物は、エサをくれる限り、一家を生かしておくということか?


ちきしょう・・・!


ここで俺が食われたら、連中は金も払わなくて済む。

次の自営業の清掃業者に依頼して、その処理を頼み、

終わるころに食い殺す。


それを、繰り返していやがるな!


なんてことだ!化け物よりも、人間の方がよほどタチが悪い!


エサになんてなってたまるか!

絶対に逃げてやる!!


俺はなりふりかまわず急いで玄関に向かう。


ーバタン!・・・バタン!


ドアが開いたりしまったりする。


残念だったな。ドアを閉めて外に出さない、という手は使えない。

入るときにドアのラッチと鍵の穴の部分にもくを詰めたからな。


走って家の外に出て、車に乗り込んだ。

エンジンを回し、アクセルを踏み込む。


≪逃がさないよ≫


そう聞こえた気がした。


このまま空港に行こう!

この国にいたら、いずれ食われる!


どこの国に行ったらいいのか?

とにかく、空港で空いている席を買うしかない。


――掃除屋の車は、夜の闇に消えていった。


to be continued

読んでいただき、ありがとうございます。


この話は怪談ですが、

一番怖いのは怪異ではありません。


便利さや合理性の中で、

誰かが「使われる側」になる構造そのものです。


この物語は、まだ終わっていません。

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