第28話 弱さは罪
第三層《渦層》の中心――
そこは、もはや「場所」と呼べるものではなかった。
地面は存在しているが、踏みしめた感触が曖昧だ。
空間は歪み、距離の概念すら信用できない。
そして、中央に漂う“それ”。
影のようでいて、霧のようでもあり、
無数の声と感情を内包した存在。
――第三層守護存在。
精神を喰らい、心の弱点を“形”にして襲ってくる化け物だ。
「……来るぞ、カイト」
アルトリアは剣を低く構えたまま、静かに言った。
「ここからは、攻撃そのものより――
“折ること”を狙ってくる」
「心、か……」
カイトは息を整え、剣を握り直す。
(さっき見せられた幻覚……)
(あれを、また……)
だが――
「怖れるな」
アルトリアの声は短い。
「怖れは、否定しなくていい。
だが、支配させるな」
その瞬間、影が脈動した。
『最強であり続けろ』
『失敗は許されない』
『期待を裏切るな』
アルトリアの足が、止まる。
剣先が、わずかに揺れた。
「……ッ」
影が、彼女の背後に“形”を成す。
それは、鎧をまとった騎士の幻影。
――副団長アルトリア。
英雄。最強。象徴。
「……それが……お前の“鎖”か」
アルトリアは低く呟いた。
影の騎士が剣を振り上げる。
その瞬間――
「アルトリア!!」
カイトは、反射的に前へ出た。
「来るなと言ったはずだ!」
「分かってる!!」
叫びながら、剣を構える。
影の騎士の剣が、アルトリアへ振り下ろされ――
その軌道に、カイトが割り込んだ。
ガキィンッ!!
衝撃が、腕を痺れさせる。
「ぐっ……!!」
骨が軋む。
正面から受け止めるには、重すぎる一撃。
だが、カイトは踏ん張った。
「……今だ、アルトリア!!」
「……!」
一瞬の躊躇。
だが次の瞬間、アルトリアの目が鋭く光る。
「――邪魔をするな」
その言葉は、影ではなく――
自分自身へ向けたものだった。
アルトリアが踏み込み、剣を横薙ぎに振るう。
閃光。
影の騎士が、真っ二つに裂ける。
空間が、悲鳴を上げた。
『なぜ……支え合う……』
『弱さは……罪だ……』
「違う」
アルトリアの声は、低く、確かなものだった。
「弱さは、折れる理由じゃない。
――選ぶ理由だ」
剣が、影の核を貫く。
断末魔のような精神波動が広がり、
第三層全体が大きく揺れた。
カイトは膝をついた。
「……はぁ……はぁ……」
腕が、感覚を失いかけている。
それでも、顔を上げた。
アルトリアは、剣を下ろしたまま、静かに息を吐いていた。
「……無茶をするな」
「……弟子、だから……」
そう言うと、アルトリアは一瞬だけ目を伏せ、
そして、短く鼻で笑った。
「……本当に、生意気だ」
影が、霧のように消えていく。
第三層の歪みが、ゆっくりと収束していった。
【第三層《渦層》突破】
【特性:無限の可能性】
──“精神干渉耐性(微)”獲得──
──観察・共闘補正、恒常化──
カイトの胸に、確かな“変化”が残った。
派手な覚醒じゃない。
だが、確実に――前に進んだ感触。
「……アルトリア」
「なんだ」
「俺……少しは、隣に立れたか?」
アルトリアは、少しだけ考え――
「……まだだ」
即答。
だが、続けて言った。
「だが――
“後ろで守られるだけの位置”には、もういない」
その言葉に、カイトは小さく笑った。
第三層を越えた先――
そこには、さらに濃い殺意と、異質な気配が待っている。
そして、その奥には――
魔王軍中隊長クラスすら凌ぐ“何か”が、確かに息づいていた。
修行は、まだ終わらない。
――むしろ、ここからが本番だった。




