第18話 強敵
森の奥からこちらを射抜く赤い光。
獣とは思えない、温度のない視線だった。
「アルトリア……あれ、魔獣じゃないよな?」
「魔獣ではない。だが──“狩る側”だ」
アルトリアは剣の柄に手を添えた。
その表情はいつになく鋭い。
「来る。気を抜くなカイト。あれは……魔族の尖兵だ」
「魔族……っ?!」
赤い影が、一瞬で距離を詰めた。
ズバァッ!
巨大な爪が木を切り裂き、あっという間に大木が倒れる。
「動きが……速い!」
「後ろ! カイト、しゃがめ!!」
「え──」
反射でその場に伏せた瞬間、
赤い影の腕が、頭上を風の刃のように通り過ぎた。
髪が数本、宙に舞う。
(やば……今の、死んでた……!)
「立てカイト! 考える暇はない、動け!」
「わ、わかってる!」
影が再び跳ぶ。
今度はカイトではなく──アルトリアに向かって。
「副団長……!」
「チッ……!」
アルトリアはその突進を剣で受け止めたが、
金属がきしむほどの衝撃に、足元の地面が砕ける。
「こいつ……“隊長級”か……!」
「た、隊長級!?
アルトリアが押されてるじゃん!!」
「私は副団長だ! 簡単に負けるか!」
アルトリアが力任せに弾き返し、赤い影は後方へ跳ね飛ぶ。
だが、その着地は軽い。
影が、喉の奥で笑った。
「……クク……ヒト……ヲ……試ス……」
カイトの背筋が凍る。
「喋った……!」
「魔族は知性を持つ。
そしてアイツは、“魔王直属の中隊長”クラスだ」
「マジかよ……なんでこんなのが森に……!」
「わからん。だが──戦うしかない!」
アルトリアが剣を構えた瞬間、
赤い影がまた跳ぶ。
今度は、カイトへ。
「ぐっ……!」
カイトは剣を振り上げるが、
影の爪がそれより早く迫る。
(間に合わない──!)
その瞬間。
「カイト!」
アルトリアの叫びが響き、
横から飛び込んできた剣閃が、影の腕を強引に弾き飛ばした。
「っ……副団長……!」
「下がっていろと言っただろ!」
「だ、だけど……!」
「今のお前では戦力にならん!
死ぬだけだ!」
言葉は厳しい。
でも、その声は震えていた。
(守ってくれてる……俺を……)
影が再び襲いかかる。
アルトリアはその猛攻を受け流しながら叫んだ。
「カイト!
“意識を一点に集める”感覚を思い出せ!」
「え……!」
「昨日やっただろ!
雑念を捨て、全ての音を一つにまとめろ!」
カイトは剣を握り直す。
昨日の修行――
“音を一点にする瞑想”
アルトリアの声、風の音、足音、全てを一つにまとめる感覚。
(一点に……集中……)
心臓の鼓動がゆっくりになる。
世界が静かになっていく。
その瞬間。
赤い影の動きが、少しだけ遅く見えた。
「……見える……!」
「カイトッ!! いまだ!!」
カイトは飛び込んだ。
影の死角へ回り込み、剣を全力で振り下ろす。
「うおおおおッ!!!」
刃が影の肩に深く食い込んだ。
影が、初めて苦悶の声を上げる。
「……ギ……ッ……!」
「やった……!」
「調子に乗るなカイト! まだ──!」
アルトリアが叫ぶより早く。
影の体が、黒い煙になって霧散し始めた。
「逃げる……!」
「いや、違う。
まだ“こちらを観察している”」
黒い霧が、森の奥へと消えていった。
静寂が戻る。
だが、何ひとつ終わっていなかった。
「アルトリア……あれって……」
「あれは“追跡者”だ。
魔王軍が興味を持った人間を、観察するための」
「じゃあ……俺が狙われたのか?」
「違う。
お前と、私の両方だ」
アルトリアの表情は険しいままだ。
「カイト……修行は、もう“普通の修行”じゃ済まない。
次からは命を守るための修行になる」
「……わかった。やるよ。
絶対に、負けない」
カイトの手は震えていたが、
その目は迷いがなかった。
アルトリアも、静かにうなずく。
「ならば続ける。
お前が生きるために。
そして──魔王を殺すために」
森を抜けたふたりの背後で、
最後に赤い瞳が、光って消えた。




