第13話 覚醒条件 中級編
修行五日目。
昨日“魔王の声”が響いた森は、まるで空気そのものが凍ったかのように静まり返っていた。
小鳥のさえずりもない。
風の音すら、今日だけは聞こえなかった。
「……昨日のアレ、本当に魔王……なんですよね?」
「ああ、間違いない」
アルトリアは淡々と答える。
けれど、その横顔には隠しきれない緊張が浮かんでいた。
「魔王……なんで俺を“芽”って言ったんだ?」
「あいつにとって、お前はまだ“脅威ではない”という意味だ」
「……ひどい言われ方だな」
「だが、事実でもある」
「ひどっ!!」
アルトリアは淡々と続ける。
「だからこそ、今日から修行内容を変える」
「変える?」
「より実践に近い訓練に移る。覚醒条件の中級に入ると、精神力だけでなく“肉体・魔力・感覚”すべてを同時に使わねばならん」
嫌な予感しかしない。
「具体的には……?」
「簡単なものから言うと、“私を一撃だけ避けろ”」
「簡単じゃない!!!!!」
「安心しろ。十回中一回でいい」
「そういう問題じゃない!!」
アルトリアは剣を構え、ため息をついた。
「カイト。お前に避けられる気はしないから、ゆっくり行く」
「ええ、優しい!?」
「ただし“ゆっくり”と感じるかどうかは、お前の実力次第だがな」
彼女が一歩、霧のように前へ動いた。
“ゆっくり”――と、言った。
でも。
「は、はえっ……!」
剣が見えない。
動きが霧のようと言うより、まるで“意識に侵入してくる”速度だった。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
(無理無理無理この速度避けれるかぁぁ!!!)
「集中しろ」
「無茶振りすぎ!!」
だが、アルトリアの斬撃は止まらない。
一度、ほんの刹那だけ俺の頬をかすめた。
「っ……!」
「ほう、よく死ななかったな」
「褒めポイントそれ!?」
十回挑戦して――八回は普通に斬られた。
一回は地面にめり込んで動けなくなった。
残りの一回は、剣が髪の毛を三本切った。
つまり全敗。
「……カイト」
「はい……(視界が揺れる……)」
「条件、達成だ」
「達成!? 俺いま負け続けたんですけど!」
「“アルトリアの全斬撃を見失わず視認し続けること”――条件番号三十四」
「視認……? いや、見えてなかったけど……」
「最後の一撃だ。剣の軌道を“読んだ”」
「……あ」
確かに最後の一撃だけは、ほんの一瞬、
“斬られる場所”を直感で理解した。
避けられはしなかったが、
“死なない位置”に体をずらせた。
アルトリアは満足そうに頷いた。
「覚醒条件とは、必ずしも成功を意味しない。“理解”も重要だ」
「……なるほど」
「次は、“私を倒せ”」
「いや無理じゃね!!?」
「倒すと言っても、足を絡めて転ばせるだけでいい」
「いや、それも無理だよ!!?」
しかし、やらねばならない。
アルトリアが構えた瞬間――
俺の本能が叫んだ。
(動け!!)
万年筆を地面に突き刺して跳び上がり、アルトリアの背後へ回り込む。
(よし、今だ!!)
狙うは足。
俺は飛びついた。
「……甘い」
次の瞬間、世界が逆さまになっていた。
なんだこの速さ!?
何が起きたか分からないうちに、俺は地面に突き刺さっていた。
「ふむ。お前、昔より動きが良くなったな」
「昔……?」
一瞬、気になった。
だがアルトリアは無言で続ける。
「もう一度だ」
何度も挑んだ。
二十回。
三十回。
四十回。
(くそ……! 全然触れねぇ……!!)
「カイト、考え方を変えろ」
「考え方……?」
「正面から倒す必要はない。“倒したことにすればいい”」
「???」
「相手を“転ばせる”という目的を、もっと広く捉えろ」
(広く……)
俺は深呼吸し、アルトリアの足元ではなく――
周囲の地面を見た。
……そうだ。
「条件を“満たす”だけなら」
俺は地面に残っていた自分の落とした万年筆を拾い、
そのインクを少し流した。
アルトリアが踏み込んだ。その瞬間。
「……これだ!!」
俺はインクの上に一気に魔力を流し、
インクの表面を油膜のように滑らせた。
アルトリアの足元へ――
「……お?」
アルトリアは滑った。
ほんの一瞬だけ。
ほんの一歩だけ。
でも。
「倒した……?」
アルトリアはゆっくり体勢を立て直すと、言った。
「条件番号“九十二”。“強敵の動きを、知恵で乱すこと”。達成だ」
「やったぁぁぁぁ!!」
初めてアルトリアの“身体を揺らした”。
倒してはいない。
だけど確かに“動きを崩した”。
胸の奥が熱くなる。
自分がただの雑魚じゃないと、初めて実感した。
「……カイト」
「はい?」
「昔のお前は、もっと鈍かった」
「えっ、昔って……?」
「――何でもない。忘れろ」
アルトリアはそれ以上言わなかった。
(でも……何か隠してるよな、絶対)
そのとき――大地が揺れた。
まただ。
魔王の気配――かと思ったが、違う。
もっと凶暴で、もっと近い。
森を割って、巨大な影が現れた。
黒い巨体。
四つの角。
地面に触れただけで草木が腐る。
「魔王軍……中隊長クラスか」
アルトリアが剣を抜く。
その表情は冷静だが、空気が震えている。
「カイト、下がれ」
「でも!」
「いいか。これは修行の延長だ。お前は“一撃だけ入れろ”。それが今日の最後の条件だ」
一撃。
(……できるのか、俺に)
胸が高鳴る。
魔王の声を聞き、
アルトリアに認められ、
覚醒条件を三つ達成した俺。
(やってやる……!)
「来い、化け物!!」
巨獣が咆哮した瞬間、
アルトリアの声が森に響く。
「――行け、カイト。お前の“可能性”を見せろ!!」




