第12話 条件達成への1歩
修行四日目。
朝日より早く叩き起こされ、朝日より早く絶望を味わい、朝日より早く膝をついた。
「立て」
今日もアルトリアの声は冷たい。
だが、この四日間で分かってきた。
アルトリアは冷たいんじゃない。“期待している部分だけが異常なまでに冷静” なんだ。
「……立ちますけど……俺、今日で何回倒れてます……?」
「二十八回だ。昨日より五回少ない」
「そこ褒めポイントなんですか!?!?」
「当然だ。昨日より五回“死にかける回数が減った”のだ」
「いや言い方ァ!!」
叫びながらも立ち上がると、アルトリアはわずかに口角を上げた。
「よし。ならば……条件を一つ満たしたな」
「……条件?」
「そうだ。“折れずに立ち上がる精神力の継続性” だ。条件番号──」
アルトリアはなぜか懐から紙片を取り出し、さらりと言った。
「──覚醒条件、五十二番だ」
「五十二番!?」
(そんなにあるんだ……いや、もっとあるんだけど……!)
「その程度は序盤も序盤だ。気を抜くな。続けるぞ」
「まだ続くの!? 体感だと今日もう120%終わってるんですけど!」
「お前の120%など信用はできん」
「ひっど!!」
しかし、アルトリアは続けて残酷な一言を落とした。
「――まだ“本格的な地獄”に入ってすらいない」
「本格的じゃなかったのかよォォォ!!」
地獄の本格メニュー、その一。
「風を斬れ」
「いやいや、無理ですよね!? 風って斬れなくないです?」
「斬れ。できるまで終わらん」
「終わらんって言った!!」
アルトリアは当たり前のように剣を振るう。
その斬撃は“風そのものを切り裂いた”。風圧がなくなる。静寂が生まれる。
「……あの……今のどういう理屈で……?」
「理屈は覚醒してから考えろ。まず感覚で覚えろ」
「感覚で風は切れない!!」
だが、できないと言ってもアルトリアは止めてくれない。
俺は万年筆を握りしめ、必死に真似をしようとした。
その瞬間。
“風がわずかに乱れた”。
「……あれ?」
ほんの一瞬、風の流れがズレたような感覚。
気のせいかもしれない。
だけど、アルトリアははっきり言った。
「条件達成だ」
「え、マジで!? 今ので!?」
「条件番号“八十六”。“風の流れを知覚する初動”。よくやった」
(条件細けぇ!!)
確かに100個以上あるとは思っていたけど、これは細かすぎる。
「よし、次は“気配の濃度を読む”だ」
「なんですかそれ!? ポケ○ンじゃないんだから!」
「私を相手に行う。成功するまで眠らせん」
「寝かせてくれよォォ!!」
それから始まったのは、
アルトリアが気配を消したり濃くしたりしながら突然襲ってくる修行だ。
「感じろ」
「いや無理ですよ!? 気配消すの上手すぎ!!」
「私は最強だ」
「自信ありすぎィ!!」
だが、三十回目の斬撃が飛んできた瞬間だった。
「──あっ」
一瞬だけ、アルトリアの気配が“波のように揺れた”のが分かった。
気のせいじゃない。明確に分かった。
「今の……!」
「──条件達成。“気配の波”。条件番号二十一だ」
「ま、また一つ……!」
「よし。今日だけで三つ達成だな」
アルトリアの声に、珍しく柔らかい色があった。
この四日間で初めて気づいたが──
アルトリアは俺が成長すると“ほんの僅か”だけ声が優しくなる。
それはまるで──
本当に、ずっと昔から俺を知っているような。
「アルトリアさん……一つ質問いいですか」
「なんだ」
「俺の覚醒……アルトリアさんは“全部”知ってるんですか?」
「……」
アルトリアは答えなかった。
だが、その沈黙が“はい”と同じ意味だと分かる。
(やっぱり……)
アルトリアは何か決定的な秘密を握っている。
“なぜ弟子と言ったのか”
“なぜ覚醒条件を知っているのか”
“なぜ俺が魔王を倒す必要があると言ったのか”
どれもまだ話してくれない。
だが。
「今日はここまでだ」
「えっ……まだ地獄続けると思ってたのに」
「これ以上は身体が壊れる。明日の地獄のために寝ておけ」
「結局地獄なんだ……」
アルトリアは踵を返した──その時。
世界が、震えた。
大地が低く唸るように震え、空の色が一瞬だけ濁った。
「……!?」
「カイト、下がれ」
アルトリアの声が初めて“焦り”を含んでいた。
空気が重たい。
肺に入る空気が“腐って”感じる。
まるで世界そのものが怯えているような……
《……見つけた》
声が、した。
誰の声でもない。
空気そのものが喋っているような、底なしの不気味な響き。
アルトリアが剣を抜く。
「貴様……!」
《あまり急くな、アルトリア。まだ直接触れるつもりはない》
冷たい声は、俺の方へ向いている。
《ただ……確認しただけだ。この世界に、ようやく“芽”が生まれたとな》
背筋が凍る。
この声の主を知らなくても、理解できた。
(……魔王……!)
声は笑った。
心臓が握り潰されるような圧で。
《育てておけ。どうせまだ殺せぬのだろう? 最強の騎士よ》
そして声は、世界から消えた。
重たい闇だけが残った。
「カイト」
アルトリアが振り返る。
その表情は、これまで一度も見たことがないほど険しく、そして悔しそうだった。
「……絶対に、生き残れ。お前は──あいつが唯一“恐れている存在”だ」
魔王は俺の存在を“知った”。
そして俺の覚醒は、まだ1%にも満たない。
(くそ……絶対覚醒してやる……!)
胸の奥で、熱が灯った。
魔王が少しだけ登場!




