第11話最強を超えるもの
「……よし。少しは身体が慣れてきたようだな、カイト」
地獄の修行、とアルトリア自身が名付けた訓練が始まって三日。
いや、正確には地獄“以上”だ。三日間、まともに眠った記憶がほとんどない。寝たと思ったら叩き起こされ、休んでいると思ったら突如として斬撃が飛んでくる。
「やっぱりアルトリアさんの“少しは”って基準、おかしいんですよ……!」
「甘い。これでも、私は九割ほど手を抜いている」
「はああ!? 九割でこれなんですか!?」
平然とした顔で言うアルトリアの剣先は、こちらの首の皮一枚をかすめる位置にピタリと止まっている。汗が背中を伝うたび、命が削られている実感しかない。
「覚醒条件、あと一つなのだろう?」
「……っ、はい。多分、あと“核心”に触れるみたいな、そんな感じで……」
「ならば鍛えるしかない。身体、心、技。あとは経験だ」
またそれだ。
この三日間、アルトリアは“経験”という言葉を何度も繰り返している。
「アルトリアさん、その“経験”ってのは一体──」
「死線を越える経験だ」
「いやいや! 軽く言いますけど、死線って!」
「死にはさせない。ギリギリで止める」
「そのギリギリの精度を信じられないんですよ!?」
こちらが悲鳴をあげても、アルトリアは微動だにしない。
むしろ剣を構え直す動きは滑らかで、無駄がまったくない。そこにあるのは“最強”という肩書にふさわしい、異次元の気迫だ。
「構えろ。次は本当に斬る」
「え、さっきのは斬る気じゃなかったんですか!?」
「試し打ちだ」
「試しで命が飛ぶのはおかしいでしょ!!」
叫ぶより早く、アルトリアの姿がかき消えた。
“来る──!”
反射で万年筆を構える。
次の瞬間、雷のような衝撃が腕にぶつかった。
「ぐっ……!?」
地面を滑り、背中を何度も地面に打ちつける。
息が詰まる。心臓が暴れ、視界が揺れる。
「立て」
「さっきから立つ時間が無いんですけど……!」
「そんなことは知らん。立て」
アルトリアの声は冷たい。
だがその奥で、確かに何かを“見極めようとしている”気配がある。
「……アルトリアさん、俺に何を期待してるんですか」
「期待などしていない。お前が“そうなる”ことを知っているだけだ」
「そうなる……?」
「覚醒だ。お前は必ず辿りつく。それが、なぜかはまだ言えないが」
言えない理由。
アルトリアの目の奥に、強い“覚悟”が宿っている。
「ただ一つ言えるのは……私はお前を“守るため”に鍛えているわけではない」
「……え?」
「守るつもりなら連れ帰って、城の地下で隔離しておけばいい。違うか?」
「まあ……言われてみれば」
「私はお前に“戦わせる”ために鍛えている。なぜなら──」
アルトリアが剣を肩に担ぎ、静かに笑う。
「魔王は、お前が倒さねばならない」
「……!」
胸がドクンと脈打った。
いきなり魔王とか言われても困るんだが、アルトリアの真剣さが、軽口を封じる。
「なぜ俺なんですか。アルトリアさんみたいな最強の騎士が倒せばいいのに……」
「私では“届かない”」
「最強でも?」
アルトリアは頷く。
「最強でも届かない壁がある。魔王は私を“超える存在”として覚醒した者を恐れている」
「……つまり、俺?」
「そうだ」
重い。
一瞬、無責任に逃げ出したくなるほど重い。
けれど──
「だったら……覚醒してやりますよ」
自然と言葉が出た。
この三日の死線が、恐怖よりも“前に進む意志”を強くしていた。
「言ったな?」
「言いましたよ!」
「ならば──」
アルトリアの目が鋭く光り、剣が再び構えられる。
「ここからが本当の“地獄”だ」
「今までのは地獄じゃなかったんですか!?!?」
「準備運動だ」
「やっぱりこの人、感覚バグってる!!」
叫ぶ俺に構わず、アルトリアは踏み込んできた。
大地が砕ける。
剣風が空を裂く。
反射で万年筆を握り、全力で受け止める。
ギィンッ!!
耳が割れそうな金属音。
腕が震える。膝が折れそうになる。
でも──負けるわけにはいかない。
「はぁあああああ!!」
叫んで押し返すと、アルトリアが一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
「……ほう。三日でここまでか」
「やってやりましたよ!」
「褒めてやる。──だが」
アルトリアは一瞬で間合いを詰めた。
「まだまだだ!」
「ぐぼおっっ!?」
腹に深い衝撃を受け、俺はまたも地面に転がった。
でも。
倒れながらも、笑っていた。
(絶対覚醒してやる……!)
決意が燃えていた。
「よし。今日の修行はここまでだ。生き残ったな、カイト」
「生き残れたことに驚いてます……」
「明日は今日の十倍だ」
「いやもうそれ死にますよね!?!?」
「安心しろ。死なせる気はない」
「いやストレートに言われても説得力ゼロ!!」
こうして──地獄の修行はまだまだ続く。
そしてその裏で、魔王は静かに目を覚まし始めていた。




