孤立無援の申告ライン
この日は森田が“誰の真似もできない”日。彼の「選ばなさ」が、初めて試される日でもあります。
昼のチャイムが鳴っても、木村の声はしなかった。
坂井の笑い声も、どこか遠く。
メールを見れば、「木村:出張」「坂井:体調不良」の通知。
森田は、初めてひとりで、食堂の列に並んでいた。
列はいつもと同じように進んでいる。
だけど、彼の心臓は、ドラムのように鳴っていた。
前の人が言う。「中盛りで」
森田の番が来る。厨房の佐藤さんが、いつもの調子で笑顔を見せる。
「どうしますか?」
……
森田の口が、乾いていた。
(誰のマネもできない。誰の申告も聞こえてこない。
“自分の腹”に、聞くしかないのか…?)
沈黙が1秒、2秒。
後ろの人が、やや不安げに間合いを詰める。
その瞬間
「…………中で、お願いします」
声が震えていた。
でも、確かに自分で選んだ。
佐藤さんが穏やかに頷き、
器にちょうど良い“中のごはん”が盛られる。
受け取ったトレーは、なぜかいつもより重く感じられた。
その日、森田はいつもよりゆっくり食べた。
咀嚼のたびに、「このくらいでちょうどいいな」と自分の感覚に気づく。
午後のデスクで、メールの返信を書きながら、
ふと独り言のように呟いた。
「……俺、今日、決めたんだな」
翌日、坂井が出社して、森田に声をかける。
「昨日、木村も俺もいなかったけど、どうした?」
森田は、いつものように笑わずに、でもはっきり言った。
「中にした」
坂井は目を丸くしたあと、ニヤリと笑って、
「……マジか。独り立ちかよ。昇格だな、森田」
■あとがき:
いつも誰かの後ろで選択を真似ていた人が、
“誰もいないとき”に、自分で選ばざるを得なくなる。
それは、小さな嵐のような試練。
けれど、その一歩が、
人をほんの少しずつ、“自分の足”に馴染ませていく。
選ばされたのか、選んだのか。
その境界線を越えるとき、人は変わる。
森田はもう、「じゃあ、それで」だけの人じゃない。
今日から少し、「自分で決めたそれで」生きる人になったのだ。
この回は森田の“静かな成長譚”として、語り継がれるだろう。
森田の物語は、まだ炊き上がったばかりです。