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番外編:田嶋部長と氷室部長、初の共同プロジェクト〜食堂での和解まで〜第三幕:ふとした転機

食堂の窓辺に、橙色の夕陽が差し込んでいた。

いつもより少し静かなこの時間帯は、喧騒の余韻と、終業後の安堵が入り混じる、特別な空気を纏っている。


その一角で、りなさんはいつになく真剣な表情で食事と向き合っていた。

彼女は「二食注文」で有名な存在だが、今日は少し趣向が違う。

注文したのは、一度に二品──しかも、そのどちらも“冷”の系統。


冷やし中華に、冷やしうどん。

その横に、特製ダレをかけたミニカレー。

一見ちぐはぐにも思える組み合わせ。しかし彼女の目には、確信が宿っていた。


りな:「今日はこの組み合わせ、絶妙なんですよ。カレーのスパイスが冷のダシを引き立てるんです。交互に食べることで、それぞれの輪郭が、逆に際立つんです」


細く切られた錦糸卵を、カレーに軽く絡める。

すだちの香りが微かに残るうどんを一口啜る。

その繰り返しに、規則などなかった。あるのはただ、自由と直感の共鳴。


そんな彼女の姿を、少し離れた席からじっと見つめる二人の男性がいた。

氷室部長と、田嶋部長。

部署を越えて幾度となく共にプロジェクトに挑んできた、ベテラン同士の戦友だ。


氷室:「……なるほどな。混ぜることで新たな味わいが生まれるとは」


田嶋:「それぞれ単体ではすでに完成されている。しかし組み合わせによって、意外な深みが生まれる。まるで、優れたチームのようだな」


言葉少なに交わすやりとりの中に、ある種の“納得”が生まれていた。

今日の午後、彼らは長時間の会議で意見が対立し、やや険悪な空気さえ漂っていた。

どちらも妥協できず、議論は平行線のままだった。


しかしいま、そのわだかまりが、溶けはじめている。

目の前のりなさんが、何気ない仕草で示していたもの──それは“異なるものを、否定せずに尊重しあう姿勢”だった。


氷室:「理屈や効率だけでは、人は動かんのかもしれんな」


田嶋:「柔軟さ。調和。そして、相手の良さを引き出す力。それこそが、リーダーに必要なものだろう」


どちらともなく、視線を交わし、わずかに頷く。

まるで、長年閉ざされていた通路が、夕暮れの光でふと開かれたかのようだった。


そして──


りな:「……あっ。部長たちも食べます?」


笑顔で差し出されたスプーンと、ほんの一口分のカレー。

それは味覚だけではなく、空気そのものを和らげる魔法だった。


二人は照れ臭そうに笑いながら、それを受け取った。


仕事の難題も、人間関係の溝も、時にこうした些細な瞬間に解けていく。

まるで、夕暮れに包まれる食堂が、すべてを許してくれるかのように。


あとがき:

人と人との関係は、味に似ている。

単体で美味しいものも、組み合わせによって驚くような調和が生まれることがある。


それを教えてくれるのは、会議室ではなく、食堂の片隅かもしれない。

誰かのちょっとした「食べ方」が、誰かの人生の風向きをそっと変えていく──

そんな優しい奇跡が、今日もまた、どこかで静かに起きているのだ。


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