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小盛りの人、大盛りに挑む日

彼女の名前は吉田さん。

小柄で、細身で、いつも静か。

社内では「気配が薄いけど、仕事は正確」と評判の事務員だ。


彼女の昼食の申告は、毎日こうだ。


「……小で」


か細い声。厨房の佐藤さんは耳をすませる。

味噌汁も少なめ、おかずは最後まできれいに食べる。


ある日、事件が起きた。

吉田さんが列に並び、ほんの少し緊張した顔で言った。


「……大盛りで、お願いします」


厨房が静まり返った。

厨房係の浜崎(研修明け)は一瞬固まり、佐藤さんがそっと肩をたたいて代わった。


食堂内にざわつきが広がる。


「吉田さんが…大盛り……!?」

「熱、あるんじゃ…」

「いや、何か心境の変化かも」

「恋……じゃないよな?」


食堂の片隅で、吉田さんはゆっくり、丁寧に、大盛りのごはんを口に運んでいた。


ひとくち、またひとくち。


午後の会議で、隣に座った経理の堀くんが勇気を出して声をかけた。


「あの…お昼、大盛りでしたね」


吉田さんは、一瞬だけ目を伏せて、

ふわりと笑った。


「……なんか今日、負けたくない気がして」


堀くんは、その理由を聞かなかった。

だがその一言が、彼の心にじんわりと火を灯した。


それから数日後。


吉田さんはまた「小で」と言った。

あの大盛りは一度きりだった。


でも彼女の背筋は、どこかしゃんとしていた。


■あとがき:

大盛りに挑むことは、誰かにとってはただの食欲。

でも、誰かにとっては「変わりたい」という無言の意思表示かもしれない。


小盛りを選び続ける日々に、

ある日突然、大盛りを選ぶ

それは静かなる反逆であり、

ささやかな革命であり、

たった一度きりの自己肯定でもある。


その人にとって「多すぎるご飯」は、

きっと、乗り越えたい何かの象徴だったのだ。


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