大盛り中の大盛り
会社の食堂に、ときおり響く声がある。
それは、他の誰とも違う重みを持っていた。
「大盛り中の、大盛りでカレーお願いします!」
その男の名は岩渕。
筋肉質で、首が太い。
いつも黒いタオルを肩にかけ、夏でも半袖ポロシャツ。
現場上がりで、書類より鉄パイプが似合う。
厨房の佐藤さんは、最初の頃こそ困惑した。
「えっと…“大盛り”以上は…規定では…」
だが岩渕は微笑んで言った。
「わかってます。だから“中の大盛り”で」
それは、普通の大盛りの さらに中腹まで盛り上がった山。
丼は縁ギリギリ。ご飯粒は表面張力で成り立っている。
その日、たまたま見学に来ていた若手社員がそっと言った。
「あの…どうしてそんなに食べるんですか?」
岩渕は、スプーンを口に運びながら、ぽつりと答えた。
「腹が減ってるってことは、生きてるってことだ。
俺にとって、ここで満腹になるってのは……
午後の仕事、全部かけてるってことなんだよ」
その言葉に、厨房の誰かが思わず拍手しそうになったのは、秘密だ。
やがて社内では、岩渕の盛り方を真似して
「中の中で」
「大の手前」
「特中盛り」
などの亜種が生まれ、ついには厨房横の貼り紙が更新された。
【申告例】
小盛り
中盛り
大盛り
大盛り中の大盛り(※岩渕さん専用)
ある日、岩渕が急に「中盛りで」と言った日があった。
社員食堂がざわつく。
誰かが声をかけた。
「……体調でも?」
岩渕は言った。
「いや、今日は後輩が失敗してさ。
全部カバーしてやるつもりだったけど……
胃だけは、代われねぇんだな」
その日も、彼の器は堂々としていた。
たとえ中盛りでも、その背中は大盛り中の大盛りだった。
■あとがき:
岩渕さんのような存在は、どんな職場にも一人はいる。
見た目は豪快、声は大きく、笑い方も景気がいい。
だが、その心には繊細さと、責任感が詰まっている。
ご飯の量は申告制、でも生き様は非申告制。
それを教えてくれるのが、「大盛り中の大盛り」の男なのである。
おかわり、いかがですか?