鈴木さん、チャレンジメニューを引く
今回は、「注文の不幸体質」鈴木さんが、まさかの“月イチのチャレンジメニュー”を間違って供されてしまう
という、食堂史上もっとも胃袋に過酷な奇跡を描いた、哀しくも笑えるドラマです。
その日、昼の行列の先頭には、巨大な男がいた。
社内でも有名な「営業部のジャイアント」こと山岸さん。
握りこぶしほどある拳、肩幅は冷蔵庫級。
そしてその胃袋は、“あれ、2倍”でも足りないと噂されていた。
厨房がざわめく。
なぜならその日は月に一度の「挑戦者メニュー」解禁日だったのだ。
●メニュー名:「満腹武士」
●総重量:1.6kg(ご飯900g+メイン3種+サラダ+汁物)
●完食者には記念バッジつき
山岸さんは、無言で指を指す。
「超盛り、お願いします(低音)」
厨房、静かにうなずく。
……しかし、その直後に現れたのが鈴木さんだった。
「あっ、カツカレーの普通盛り……お願いします……(やや滑舌不安)」
「いや、小で……いや、普通で。普通で……(やや声小さめ)」
厨房の田中くん、混乱。
影山さんの“あれ”と橋本くんの“迷い”と違い、
鈴木さんの場合**「明確に発音されているのに、誤解される」**という、恐るべき相性を厨房と持っていた。
そして起きた。
出てきた鈴木さんのトレーに乗っていたのは
ドカ盛りカツ・メガハンバーグ・山型ご飯・フライドポテト盛り・豚汁“どんぶり”サイズ
厨房の新人、叫ぶ。
「……“満腹武士”出ちゃいました!!」
鈴木さん、目を白黒させる。
「えっ!?これ……え?いや僕……あの……」
山岸さんの「それ、俺のじゃ……」という声は、厨房の鉄板の“ジュウ”という音にかき消された。
結局、鈴木さんは席に着く。
誰もが心配しながら見守る中、
箸を手に取り、一口、また一口……頑張って食べる。
が、30分後。
「……あと…ポテトだけが、……無理です……」
顔を青くしながら、彼女は箸を置いた。
厨房の中村さんがやってきて、優しく声をかける。
「鈴木さん……今日のこれ、
“完食しなくても、話のネタにしていいメニュー”なんで、安心してください」
そして、記念バッジとポテトを包み、そっと手渡された。
バッジにはこう書いてあった。
「武士、途中下車もまた武士」
■あとがき:
鈴木さんは、その日から**“胃の武士”**と呼ばれるようになった。
チャレンジメニューは彼女の運命を問わず、唐突に降りかかる。
でも、誰も笑わなかった。
だって彼女は間違われても、ちゃんと一歩ずつ向き合ったから。




