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中盛りという名の哲学

食堂には、無言の儀式がある。ご飯の量…それは、自由申告制。


「大盛りで」

「中盛りお願いします」

「小盛り、あ、小で」

「…中で」

「並、ください」


ひとりひとりの申告に、なぜだか人格が滲んでいる。


■大盛り派の田中くんは、やっぱり体育会系

「大盛りで!」

声もでかい、器もでかい。あとおかわりも多い。

だけど、何かにつけて「俺、責任とるんで!」と言い出すのも、彼らしい。


■小盛り派の佐伯さんは、繊細で賢い

「小で」

言葉は少なめ。だけど隅々まで目が行き届いている。

会議資料にいつも付箋が貼ってあるのは彼女だ。


■そして、「中盛りでお願いします」の中村さん

彼はいつも“中道”を選ぶ。

意見も穏やか。笑顔も中庸。だが、誰かが困っているとき、真っ先に動いているのは彼だったりする。


■「並み」と言うのは、元ラーメン屋の店長経験者・山岡さん

「並」それはメニュー表の呪縛。

「中盛り」と言わないその姿に、プロの誇りと習慣の深さが見える。


■異端の存在、「中だけ」の鈴木さん

「……中」

すべてを最短で済ませる人。

「おつかれさまです」も「お疲れ」になる。

だけど彼が突然「中盛りでお願いします」なんて言おうものなら、ざわつくのがこの食堂だ。


ある日、異変が起きた。

新入社員の伊藤くんが、こう言った。


「普通で!」


厨房の手が止まった。


一体それは「中」なのか、「並」なのか?

厨房係の佐藤さんは、困惑しながらも、


「……ちょっと中寄りの中で出しました」と、あとでこっそり言っていた。


■結論:

申告の言葉は、単なる「ご飯の量」ではない。

それは人間関係の潤滑油であり、自己表現の一形態であり、時に誤解を招く謎の暗号でもある。


ある日、誰かが言った。


「申告せずに、握ってもらう寿司屋みたいな感じにしたいですね」


だが、それではこの“個性の祝祭”は失われてしまう。


今日もどこかで誰かが、静かに言う。


「中盛りでお願いします」


それは、昼休みという戦場に響く、最も人間らしい言葉のひとつなのかもしれない。


大盛り、中盛り、小盛り、並、そして…


■そして現れたのは、“常連の魔術師”こと、黒木さん。

彼はこう言う。


「いつものやつで」


厨房係の佐藤さんは、一瞬だけ微笑みを浮かべ、

頷いた。


「いつものやつ」それは他の誰にもわからない。

実際、中身は少し“ふわっと盛った”中盛り。

おかずの位置もやや寄せ気味。味噌汁は少し熱めに。


なぜかというと、黒木さんは猫舌なのだが、

一口目をいつも10分後にとるのを厨房が知っているからだ。


黒木さんが「いつものやつ」と言えるのは、

「それを分かってくれる誰か」がそこにいるから。


言葉の端を省いても、意味が通じる関係。

これは、ただの食堂ではなく、“小さな社会”なのだ。


列の後ろで新人の伊藤くんが小声でつぶやいた。


「あの…“いつものやつ”って…頼めるんですね…?」


中村さんが優しく笑って言った。


「あれは…レベルが違うんだよ。

 何年も通って、昼の顔になって、

 何も言わなくても通じるようになった人間だけが辿り着ける場所なんだ」


その日、厨房には誰かの落書きが貼られていた。


《ご飯の量:申告制(ただし信頼関係があれば、省略可)》


■あとがき:

「中に、いつものやつ」

それは、“言葉を交わさずとも伝わる”という、古き良き職人と常連の関係性のようなもの。

無機質なシステムでは生まれない、アナログなあたたかさが、そこにはある。


今日もまた、昼休みの小さな物語が、炊きたての湯気の向こうに立ちのぼる。

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