ラグジュアリー・ラグランジュ・ポイント
落ち着ける場所というモノがある。いえ、落ち着いても良い場所といった方が適切かもしれない。誰かに疎まれたり、蔑まれたり、謗られたり。そういうことが起きない場所が、ワタシにはある。
勤は優しい男だ。ワタシのことを詮索しない。もしも詮索なんてされたら、ワタシは酷く傷つくだろう。勤はそれを理解している、だから詮索などしない。
健は強い男だ。ワタシのことを守ってくれる。数々の危険からワタシを救い出し、彼は傷を負った。健はそれを誇りにしている、だから守ってくれる。
勤の傍にいれば、心が癒える。健の傍にいれば、傷を負わないで済む。ワタシはどちらに寄り添うべきなのだろうか。そんな贅沢な悩みをずっと抱えている。
勤が言うには、結婚するなら所謂家庭的な相手が良いらしい。炊事、洗濯、掃除。それらをキチンとこなしてくれる相手が良いらしい。
健が言うには、結婚するなら社交的な相手が良いらしい。誰にでも朗らかに接し、円満な人間関係を築ける相手が良いらしい。
どちらの希望にも、ワタシは沿えない。よってワタシが彼らと結婚することはないのだろう。勤と健の狭間に留まる。それがワタシの居場所なのだろう。そうすれば、幸せでいられるのかもしれない。
しかし、そうはいかなかった。勤と健が鉢合わせたためだ。そのとき、ワタシは健と腕を絡ませていた。腕を組みつつ、手を握っていた。そんなワタシたちの前に、勤が現れた。
勤はワタシに迫り来るようなことはしなかった。彼は詮索などしない、そういう男だ。しかし、挨拶はしてきた。なんとも気軽な───、いや、軽薄な挨拶を。
「お? いいトコにいた。今日もヤらせてくれよ」
その一言が健の逆鱗に触れた。次の瞬間、勤の体は宙に浮いていた。健に殴られたのだ。彼はワタシの左腕に絡ませていた右腕を瞬時に解いて、勤の傍に素早く駆け寄り、その左頬を強く殴りつけていた。その後、永遠とも思える時間、勤は重力から解放されていた。しかしそれは、ワタシの脳が激しく活性化されていたためだろう。実際には、一秒も経たずに勤の体は地面に倒れた筈だ。
「痛ぇなぁ・・・。なにすんだ、コラ」
勤は左頬を押さえつつ立ち上がり、健の顔を強く睨んだ。
「ゴミ掃除をしただけだ。二度とコイツに関わるな」
ワタシを勤から隠すように立ち位置を変えた健。それにより、ワタシは勤の顔を見失う。しかし、声は届く。
「あ? なんだオマエ? ソイツの彼氏なのか?」
「違う。友人だ」
「だったらオレと同じじゃねぇか。オレも友達だぜ、セフレなんだから」
「その関係はもう終わりだ。今後コイツになにかしたら、骨の二、三本は覚悟しろよ」
「・・・チッ!」
舌打ちが聞こえたあと、程なくして健が振り返る。
「まだ、そういうことをしてるのか?」
「・・・ゴメン」
ワタシは所謂アバズレだ。強引に迫られると、ついつい体を許してしまう。無理矢理に犯されたところで、どうということもない。勤との【初めて】も、そういう感じだった。
そんなワタシのことを健はいつも心配し、いつも咎めてくる。彼は、疎んだり、蔑んだり、謗ったりはしない。しかし咎めてはくる。彼としては善意のつもりなのだろうが、ワタシの心は酷く痛む。とはいえ、自分が悪いことは承知しているので、彼を責めるような気持ちはない。
ワタシへの咎めを果たすと、健は再び腕を絡ませてきた。ワタシたちは腕を絡ませることはあっても、体を絡ませるようなことはしない。健は男だが、女に惹かれることなどないのだ。よってワタシたちは友人関係を保っていられる。だけど、それでは物足りない。ワタシは誰かに求められないと、不安に押し潰されそうになるのだ。
勤はもうワタシには会わないだろう。だから、また他の誰かを探さないといけない。そんなことを考えていると、健が口を開く。
「さっきの撃退料、二万でいいか? あと、晩メシ奢って欲しいんだけど」
ワタシは無言で頷いた。程なくしてコンビニのATMに立ち寄り、四万円を引き出す。そのあいだ、考えごとをしていた。
早く誰か探さないと・・・。稼がないと・・・。