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第三章 反抗の火種と帳簿の魔眼

1 “白紙派”と“機鋳同盟”


正午。魔導都市ルーメンに響く鐘の音は、かつて昼食と休憩の合図だった。しかしこの日ばかりは、“拘束猶予期限”の終焉を告げる音として、鍛冶師たちの胸に重く響いた。


 ギルド塔の中会議室では、悠斗とリーゼを含む改革派の中心人物が顔を揃えていた。議題はひとつ――勅令に対する対応策である。

「現状、〈帳簿魔法〉による内部監査で、王政庁の労務指標には重大な“帳簿改竄の痕跡”があることが判明しています」


 リーゼが淡々と口にした事実は、室内の空気を引き締めた。彼女の幻灯機が投影するのは、王政庁労務局が公表した労働力統計と、各ギルドの実態データとの乖離を示すグラフ。赤線は、黒の帳簿の存在を暗示していた。


「このデータを公にできれば、勅令の正当性は崩せます」


「だが公開するには、“王家印”のついた帳簿原本が必要だ。帳簿魔法でも、本物の王印がなければ証拠として認められない」


 重々しく言ったのは、ギルドの古参参謀ベルトン。だが彼の隣でガルドが唸る。


「……なら、取りに行くしかねぇな。王政庁の地下書庫に眠っているはずだ。“機鋳同盟”の協力を取り付けられれば道が開ける」


 “機鋳同盟”――それは、かつて王政庁に対し反旗を翻した鍛冶師と監査官の地下組織。その名は今や忘れられつつあったが、実はなお息を潜め、各地の工房に火種を残していた。


「私に心当たりがあります」


 そう言ったのは、リーゼだった。声には微かに震えがあったが、目は真っ直ぐだった。


「数年前、私の師が〈監査旅団〉に追われて失踪しました。彼は“白紙派”と呼ばれた理想主義者で……機鋳同盟の一人でした」


 悠斗はリーゼの言葉に呼応するようにうなずいた。


会議室の空気が重たく沈んだ中、リーゼが口を開いた。


「“白紙派”――それは、帳簿に記される数字にすべてを支配されたこの国の在り方に、最初に異議を唱えた人々の集まりでした」


 その名が意味するのは、「帳簿の白紙化」、すなわち、過剰な管理と制度疲弊によって麻痺した行政体系の初期化を求めた理念派の存在だった。


「かつて王国が魔力文明を急速に拡大させた時代、帳簿魔法はすべての行政の中枢を担うようになりました。税、労務、軍備、教育、魔道炉の出力管理まで……」


 だがその一元管理は、次第に人間らしさや柔軟性を損ない、魔力効率を優先する“帳簿絶対主義”へと変貌していった。


「白紙派は、“帳簿は人のためにあるべきだ”という初期理念を守ろうとしたんです。私の師、エイゼル=フラムもその一人でした」


 リーゼが懐から取り出したのは、使い古された幻灯筆記帳。表紙には『最適化ではなく“再出発”を――白紙から始める監査哲学』と走り書きされている。


 その手記には、現在の“魔力背任罪”の不当性や、王政庁の統計に仕組まれた“帳簿トリック”の分析が記されていた。


 しかし、白紙派の活動は〈第九監査旅団〉によって壊滅に追い込まれた。


「師は、最後の通信で“機鋳同盟に未来を託す”とだけ言い残しました。それ以来、消息は……」


 その名前を聞いた瞬間、ギルド古参の参謀ベルトンがわずかに顔を伏せた。


「“機鋳同盟”……あれは、ただの反乱分子ではない。かつて王都の中央工房で、初めて“魔力労働法”の是正を訴えた者たちの集まりだ。帳簿の中に“魂”を取り戻す運動だった」


 同盟は、鍛冶師・魔術技師・帳簿監査官・そしてごく一部の王政庁内部の良心的役人で構成されていた。彼らは、ギルドの末端や地方の小規模工房に働きかけて、静かに最適化や再設計の技術を広めていた。


 しかし、あるとき王政庁が発令した“第七勅令”――帳簿魔法の全統制により、機鋳同盟は非合法化され、その名は地下へと潜った。


「だが……彼らは今でも生きている」


 そう口にしたのは、静かに佇んでいたもう一人の男だった。部屋の隅で黙っていた職人の一人が、古びた鍵を差し出した。


「俺の工房には、まだ“同盟印”の紋章が残っている。あんたらが本気で抗うつもりなら、案内する」


 鍵には、錆びた歯車と帳簿を組み合わせた意匠が刻まれていた。悠斗はその鍵を受け取り、視線をリーゼに送った。


「行こう。“白紙”と“機鋳”――二つの志を繋げるのは、今しかない」


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