第一章 魔導都市ルーメンの朝は早い
3 火花散るギルド長面談
「ほう、お前が噂の“最適化屋”か」
鍛冶ギルド本部の応接鍛造室――とは名ばかりで、壁一面に武具が掛かり、炉の熱と鉄の匂いが立ちこめる異様な空間だった。悠斗はリーゼと並んで立つが、目の前の男の存在感に思わず喉を鳴らす。
ガルド・ベルク。その巨体は鋼より分厚い筋繊維で組み上げられ、火山岩で彫ったような顔に燃える琥珀色の瞳。腕を組むだけで革の袖が悲鳴を上げていた。背後には歴戦のドワーフ職人十数名が半円に並び、打ち出の槌を床に突いている。まるで山脈が意志を持って睨みつけてくるかのようだ。
「効率だけがすべてじゃねえ。俺たちの誇りは、時間と手間が刻んだ技術に宿る」
低く響く声が鍛造室の天井を震わせ、壁掛けの剣がわずかに揺れた。
「誇りは大事だ。でも、残業で身体を壊したら誇りも守れないだろ?」
悠斗は一歩も退かず、なるべく穏やかに言い返す。リーゼが肘で小突く――挑発を抑えろ、という合図だ。
「ほお?」ガルドの眉がぴくりと弧を描く。「小僧、ドワーフの身体は鉄より頑丈だって教わらなかったか」
「鉄だって冷間鍛造を繰り返せば脆くなるんです。過負荷は金属疲労、肉体疲労も同じ。その統計をお見せしましょうか?」
悠斗がタブレット状の魔導紙を開くと、リーゼが帳簿魔法で〈労災発生率グラフ〉を投影する。赤いスパイクが直近一年で急上昇しているのが一目で分かった。職人たちの間にざわめきが起き、膨れたガルドの胸がわずかに沈む。
「……数字で殴るとは、人間のやり口らしい」
「殴ってません。救いたいんです」悠斗は真剣な声音で続けた。「あなたの技術と職人たちの誇りを、労災や早期引退で失わせたくない」
交渉は膠着した。しかし――遠雷のような不吉な振動が床を駆け抜け、鍛造室奥の隔壁が赤く脈動した。
〈第参魔力炉〉が悲鳴を上げたのだ。制御ルーンが赤黒く閃光を放ち、炉壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。炉に魔力を供給する結晶柱がピッチングし、金属片を吹き飛ばした。
「避難しろ!」
ガルドが怒号を放つより速く、悠斗はリーゼを背にかばいながら炉へ駆けた。脚に絡む熱気が皮膚を焼くが構わない。視界の端で、見習いの少年ドワーフが炉心計器の爆裂に巻き込まれそうになる。
「伏せろ!」
悠斗は身体で少年を押し倒し、頭上をかすめた鋼片が背後の壁に突き刺さる。ガルドは巨大スパナを掴み、炉の安全弁へ飛び込んだ。二人は無言のまま視線で合図を交わす。
《自動最適化・緊急モード》
悠斗の掌から青白い紋章が発光し、炉基部の魔回路が展開図として脳裏に一瞬で立ち上がる。余剰魔力の迂回ルート、冷却流の再配分、老朽化したルーンの簡素化――判断と施術がほぼ同時だった。
床下に隠れていた冷却管が姿を変え、膨張した炉心を抱き込むように蛇行する。リーゼが遠隔で魔力バルブを閉め、ガルドが出力レバーを拳で叩き込む。轟音とともに排気煙路が切り替わり、灼熱の魔蒸気が天井高く噴き上がった。
十秒後――耳鳴りの中で、炉心の脈動が静かに収束した。
蒸気が晴れると、赤熱していた炉壁は鈍色に戻り、炉前に転がる工具だけが先ほどの惨事を物語っていた。騒然としていた職人たちは沈黙し、やがて命拾いした見習いが声を震わせて礼を述べた。
「す、すまねえ! 助けてくれて……!」
ガルドは深く息を吐き、煙で煤けた顔に微かな笑みを浮かべる。悠斗の肩に重たい手を置き、握り込むように言った。
「借りができたな、最適化屋。認めよう、お前の“効率”は命も救った。……今度、俺の工房で効率ってやつを見せてくれ」
悠斗は驚きつつも、その分厚い手をしっかり握り返す。鍛え抜かれた手のひらは熱く、しかしどこか穏やかな火花を宿していた。




