第一章 魔導都市ルーメンの朝は早い
2 はじめての改善――ゴーレム組立ライン
視察当日の朝、まだ朝靄の残る石畳を踏みしめて、悠斗とリーゼは〈国営錬金工房ルーメン支部〉へ向かった。五階建ての煉瓦造りの工房は、無数の煙突から紫がかった魔蒸気を噴き上げ、鉄を焼く匂いと甘い魔薬の香が交じり合った独特の空気が漂っている。扉を開けた瞬間、金槌の打撃音とゴーレムの駆動音が幾重にも重なり、耳に圧力をかけた。
受付で身分証を示すと、溶接マスクを額にかけた現場監督フェリンが迎えに来た。長い前掛けを煤で黒く染めた彼は、胡麻塩の髭を撫でながら無愛想に言った。
「監査局とやらの視察か。好きに見ていけ。ただし作業の邪魔はするな。うちは納期が遅れていてな……」
工房中央には十基の魔力炉が半円状に並び、その熱で常時赤熱した空気が揺らいでいる。炉の前では大小さまざまな錬金ゴーレムが、金属部品を片腕でつかみ、もう片腕で螺子止めを行う。しかし動きはぎこちなく、頻繁に停止しては魔力ラインを――いわば血管を――手作業で繋ぎ直していた。
ゴーレムに部品を手渡す作業員の腕は火照って赤く腫れ、汗と魔力ススで光っている。休憩所に目をやると、木製ベンチは歪み、背凭れには『休憩は一刻以内』と剥がれかけた札が貼られていた。
「作業手順が煩雑で無駄が多いわ。魔力消費量も設計値の三倍……」
リーゼが帳簿魔法を発動すると、空中に透ける青い帳票が浮かび、燃費と稼働率のグラフが真紅の警告色で点滅した。悠斗は顎に手を当て、作業台のレイアウトを素早く目で追い、頭の中でバリューストリームマップを描く。
「――ボトルネックはここだね。部品受け渡しが直列だからゴーレムも人も渋滞してる。あと、炉と組立ラインの距離が近すぎて魔力熱が無駄に拡散してる」
彼は作業台のひとつに歩み寄り、手袋を外して素肌を木製天板に置いた。
《自動最適化・起動》
青い紋章が拡がり、木がしなる音とともに天板が変形を始める。木片がほどけて金属の軸受と黒曜石シリンダへと組み替わり、歯車が自生するように噛み合った。十数秒後、そこには連結式の可動ベルトコンベアが現れた。
コンベアは魔力脈石の淡い光を受け取ると、静かに動き出す。トレーの左右には“休憩切替レバー”が付き、作業員が下げればトレーが自動でロックされラインが止まる設計だ。
「これなら座ったままでも作業できるぞ!」
最前列の若い作業員が歓声を上げる。隣の中年職人はライン停止レバーを試し、驚いたように目を見開いた。
「しかも魔力炉の出力が下がったのに、生産量が落ちないだと……?」
悠斗はうなずき、さらにラインの先端へ手を触れた。ベルトの終端が分岐し、検品済み部品と不良部品を自動で仕分けるカムプレートへ変わる。視認性を高めるため、不良側のトレーは熱を帯びない冷却魔陣で常に青白く光り、経験の浅い新兵でも一目で判断できる仕様だ。
リーゼが帳簿魔法を再計測すると、赤かったグラフが緑へ反転し、魔力消費量は四割減、生産タクトタイムは二割短縮と表示された。
「目標値クリアです!」
現場監督フェリンは口ひげを押さえ、ぶっきらぼうに肩をすくめた。
「……認めざるを得ん。だが、上が伝統重視でな。こんな改造を喜ぶかどうか……」
「喜ばせてみせますよ。むしろ“伝統”を守るために効率が必要なんです」
悠斗は微笑み、手元のメモに次の改善案を書き加えた。――自律搬送ゴーレムの導入、炉冷却チャンバーの再設計、三交代制のシフト提案。
小さな成功の熱は、職人たちの間に静かな活力を灯した。しかし同時に、その噂は稲妻のように工房を駆け巡り、保守派のトップである鍛冶ギルド長ガルドの耳へと届く。巨岩のごとき男が眉をひそめるのに、さして時間はかからなかった――。