第一章 魔導都市ルーメンの朝は早い
1 スキル判定と怒涛の求人ラッシュ
夜が明けると、転移地点だった広場は市場へと変貌した。屋台には彩り豊かな果実や見たことのない魔石のようなものが並び、人々は朗らかな声で値段を競り合う。悠斗は服装からして完全に異邦人だったが、不思議と周りは気にしていないようだ。
――この世界には、残業がないかもしれない。そんな甘い期待が胸に芽生えていた。
この期に及んでそんな的外れな思考がちらつく。これも社畜ゆえの習性か。
広場中央の掲示板に近づくと、求人票がところ狭しと貼られている。《魔力鍛冶ギルド 夜勤急募》《魔晶採掘 連続十二刻シフト》……夜勤、連続シフト、聞き覚えのあるブラックな単語が並ぶ。
「ちょ、ちょっと待て……!」
悠斗が半歩引いたとき、制服姿のエルフの少女が声を掛けてきた。
「おや? あなた、新顔ですね。スキル鑑定はお済みですか?」
翡翠色の瞳が真っ直ぐ彼を見つめる。名札には“リーゼ=フラム 財務監査局研修生”と記されていた。
「えっと、まだで……」
「でしたらこちらへ。初回登録は無料ですよ!」
リーゼに手を引かれ、悠斗は〈スキル判定所〉と書かれた白亜の建物へ足を踏み入れる。内部は公的機関らしく静かで清潔だったが、奥のカウンターには疲れ切った職員が山と積まれた帳簿をめくっている。
水晶球に触れた瞬間、青白い光が奔り、《自動最適化》の文字列が浮かび上がった。職員の目が丸くなる。
「こ、これは……! 触れた対象を“最適な形”に錬成する超希少スキルです!」
室内の空気が一変した。遠巻きに様子を窺っていたギルド関係者たちが色めき立つ。
「うちの鍛冶工房へ! 高給を約束する!」
「採掘現場に来い! 一攫千金だ!」
まるで人気アーティストを奪い合うプロデューサーのように、求人担当者が殺到する。だが彼らの労働条件を軽く聞くだけで、過酷な長時間労働が透けて見えた。
悠斗は一歩下がり、リーゼへ視線を向けた。
「ねえ、リーゼさん。ここって……もしかして、ブラックな職場が多いの?」
「残念ながら、はい。魔力資源の枯渇で生産性が落ち、労働時間に頼る悪循環が蔓延しています」
彼女の柔らかな表情に曇りが差す。その瞬間――悠斗の胸に、かつて味わった絶望と怒りが蘇った。
「ブラック企業、ブラック王国……もう二度と、あんな思いはしたくない」
握り締めた拳が震えた。だが同時に、掌からこぼれる青い微光が温かな手応えを与える。《自動最適化》──このスキルなら、世界を変えられるかもしれない。
「リーゼさん、監査局って改革とかできる?」
「ええ、帳簿魔法で不正を暴くのが私たちの仕事。でも権限が弱くて……」
「だったら組もう。俺が最適化して、君が監査する。――まずはここを、ホワイトにしよう」
悠斗の宣言に、リーゼは驚き、そして微笑んだ。その笑顔は夜明けを告げる光のように清々しかった。