表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

上司 ――「はなむけ」

「……ついに、行っちゃった、か」

 ほんの、つい今し方。彼の為に入れた珈琲が、まだ湯気を立ち昇らせているぐらい先程の事であり、同時に、もう過ぎ去ってしまった時の事。たっちゃんは私の元から旅立っていった。ここ最近何かに悩んでいるのは分かっていたが、とうとうこの日が来ようとは。

 これで、この事務所を去ったのは二人目だ。一人目はいつの間にか、そして今日は、きちんと断りを入れて、でも、私の元からいなくなってしまった。

「まぁ、最初から分かっていた事だけど、ね」


 思い出すのは、あの日。たっちゃんが最初にここを訪れた、あの時の事。



+++


 音信不通だった父から、久方ぶりに連絡があった。

 最初は、嗚呼、彼もようやく家族というものを認識する気になったのかと、そんな風に考えていた。父も流石に社会人としてのマナーを覚えていたのか、初めのうちは此方の様子や向こうの近況報告など、ごくごく普通の親子の会話を演じてきたからである。

 が、彼にそんな常識、通用するはずなんか無かったのだ。

「え、い、今何て?」

「だーかーらー、未来あるおそらく有望な若者をお前のとこに向かわせたから、面倒見てやってくれ」

「そんな勝手に……」

 全く、数年ぶりに電話を入れてきたかと思えば、すぐこれだ。でもまぁ、虎季の時は連絡も入れず、“こいつを頼む”と一言書いたメモを持たせただけだったのだから、その時に比べれば成長していると言えなくも無い、が。

「大体、その子、父さんを慕って来てくれたんじゃないの?」

 父は折角自分を慕ってきてくれた子にも、しばしば追い返すような真似をする事がある。今回も案の定、図星だったようで、

「俺は忙しいんだよ。虎にもそろそろ弟分が必要だろうし、何よりあいつはお前の方が上手くやれるよ」

のらりくらりとかわしにかかってきた。痛い所をつかれた時に、彼がよくやる手なのである。

「そんな無責任な」

「じゃ、よろしくな」

 言いたい事だけ伝え終えると、父はガチャンと電話を切ってしまった。

「もう……」

 せめて名前ぐらい教えてくれれば良いのに。でも、父の身勝手は今に始まった事では無い。

「さーて、少しお片付けぐらいしておきますかね……」

 その件の彼が私の事務所を訪れたのは、それから一時間程後の事だった。


「こんにちは。さぁ、どうぞ。お入りください」

「……お邪魔します」

 父に騙されてやってきた青年は、一目でそれと分かる程緊張していた。しかしその瞳にはそれとは別種の、不安の色が浮かんでいる。おそらく、ここがあまりにも探偵事務所として似つかわしくないからだろう。

 私の事務所は、私が管理するアパートの一室にある。それは父や他の事務所とそこまで大差無いが、問題は内装である。カントリー調の家具に、安らぎをもたらす観葉植物。壁には私が趣味でこしらえた刺繍のタペストリーが飾られており、ぱっと見は相談室か、さもなければ隠れ家的なカフェだ。そしてそこの主は、自分で言うのもなんだが、まだ若い娘っ子。これで信用しろという方が、難しい話なのかもしれない。父は、私が自分の娘である事なんて、おくびにも出さなかったみたいだから。

「えーと、珈琲で良いですか?」

「は、はい」

「すぐ入れますから、そこに掛けて待っていて下さい」

 だから私は、極力彼をおどかさないように気を付けつつ、まずはリラックスさせようと試みる。

けれどもそこは、私の見込み違いだった。

「あの、失礼を承知で伺いますが」

 待たされている間に思い至ったのか、彼は確信をつく質問をしてきた。

「貴女は成田賢吾さんの……」

「娘、に当たります」

 ただおどおどしているだけの少年かと思ったら、探偵を志望するだけあって、物事を考える癖はつけているようだ。更に驚くべき事に、父に比べればまだ無名に等しい私の事まで、彼は知っていたらしい。彼の目が生き返った事が、それを雄弁に語っていた。

「で、何のご用でしょう?」

 だからこそ最初に、出鼻を挫いておこうと思った。このぐらいでめげていては、探偵なんて務まらない。

 青年は元々気骨があるのか、それとも父の所で懲りたのかは知らないが、そのぐらいの心構えはしていたようで、少しだけ肩を落としたものの、きちんと自己紹介をしてきた。

「俺、神城龍貴って言います。突然お訪ねして申し訳ありません。今回は賢吾さんからの紹介で、ここに来ました」

 カミシロタツキ君、か。これでようやく、彼の事を名前で呼べる。後で字も聞かなければ。

「成程ね。じゃあ、父さんが言ってた探偵志望の少年、というのが」

「俺です」

 さて。少し、柄にも無くからかいすぎた。父への怒りがそこまでたまっていたのだろうか。これから一緒に働く事になるかもしれないんだし、せめて探偵っぽい所を見せておこうと、これまで得た情報を組み立てる。

「ふむふむ。さては、父さんにコテンパンにやられたのねー。で、それで勢いづいたって所かしら。でも君、素質はあるみたいね。安心したわ」

「そうなんですよ……。って、あれ? 賢吾さんはそんな事まで言ってたんですか」

「いえいえ。父さんは何も。ただ、“近々探偵志望の少年がお前のとこに行くから、面倒見てやってくれ”って」

「それだけで解るものなんですか?」

 今まで名前も顔も知らなかったのに、と付け加えたそうな顔を彼はしていた。

 しかし、安楽椅子探偵を、なめていただいては困る。駆け出しとはいえ、これでももう三年も仕事をしているのだ。

「まず、君の靴と服。割と新しそうな物なのに、泥や傷だらけ。きっと、父さんのしごきを受けてきたんでしょう。でも、君は父さんから連絡を受けてから一時間も経たないうちに来た。これは相当やる気のある証拠」

「素質があるっていうのは?」

「ふふ。父さんはね、ああ見えてもプロよ。ちゃんとした子にしか、ここを教えたりはしないわ」

 まあ、殆ど勘みたいなものだけどねと、最後は笑ってしめた。仮にも一人娘の所に男の子を送り込むのだ。いくらあの父だって、多少は気を遣うだろう。

 青年の表情が安堵に変わった所で、私は言った。

「では、たっちゃん。成田探偵事務所へようこそ」

「はい、よろしくお願いします!」


 こうしてたっちゃんは、うちで働く事になったのだった。



+++


 私、成田真帆にとって、神城龍貴は二人目の弟子であり、相棒であり、そして本当の弟のような存在だった。それを失うのは、やはり寂しいものがある。

 けれども、あの時とは違うのだ。これは別れでは無い、成長なのだ。

 そう自分に言い聞かせても、胸の奥に仕舞い込んだ感情は消えてはくれなかった。それだけ、私は彼に特別な想いを抱いていたと、今になって実感させられる。彼からの最後のプレゼントを、まだこうして持っているのがその良い証拠だ。紫色の可憐な花。その押し花のしおりを、時折推理の際にもてあそんでいた事を、もしかしたらたっちゃんには気付かれていたのかもしれない。

 だからこそ彼は、こんな言葉を最後に掛けたのだろう。

“見てて下さい、真帆さん。俺、頑張るから”

 それは、私の中に渦巻くもやのような塊を拭い去るのに、十分すぎるものだった。私は、彼を見守っていても良いんだと、そう教えてくれたのだから。もし、たっちゃんが道に迷うようならば、その時はそっと支えてあげよう。頼ってくるようなら、私なりに支援しよう。そう決意して、彼に口を出すのを止めた。彼の人生、自分の好きに生きれば良い。

 それが多分、可愛い弟子への、私からの餞別だ。


「いってらっしゃい、たっちゃん」


 後には広くなってしまった空間だけが、静寂と共に広がっていた。


さて、そんな訳で龍貴の探偵としての物語を描いたのが本作品でした。

彼は何を選び、事務所から巣立っていったのか。

それは本編の続編であるところの、「Seasons ―Afterwards」で語っていければ良いと思っております。


ではでは、またお目にかかるその日まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ