師匠 ――「新米探偵心得帳」
勝手に師匠とあがめられている俺――成田賢吾から言わせてもらえば、神城龍貴は馬鹿正直な真面目君だ。
何故、二度しか会っていない奴にそんな評価を下すのか。そりゃあ決まっている。そのうちの一回、つまりは最初の出会いが、インパクトの強すぎるものだったからだ。なんてったって彼は、この孤高の名探偵と呼ばれるこの俺の所に、その評判を知りながら、あろう事か弟子にしてくれと殴り込みにきたのだから。あいつが突然乗り込んできた時には、驚きを通り越して、呆れたものだった。
あれは確か、あいつが高校を卒業したてぐらいの頃じゃなかっただろうか。
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その時俺は珍しく事務所にいて、今後の調査方針について思考を巡らせていた。少し厄介な依頼が入り、頭を悩ませていたのである。
すると突然、ノックの音が響いた。どうせ所員だろうと俺は油断し、どうぞと侵入者の顔も見ずに言う。そしたら開口一番に、
「お願いします! 弟子にして下さい!」
こうだ。これには流石の俺も、面喰った。というよりも、
「おい、お前、俺が誰だか分かっているのか?」
そっちの方が気になった。
俺の事務所は、とあるマンションのワンフロアを借り切って作ったものだ。部屋は他にいくらでもあるし、中には俺より威厳のありそうな秘書のおっさんもいる。その中でどうして、その目当てが俺だと分かったのか。それが不思議で仕方が無かった。
彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに
「えっと、成田賢吾さんですよね? 名探偵の」
と切り返してきた。成程、頭の回転はそこまで悪くは無いらしい。けれども、彼はいかんせん、人の態度を気にしすぎだ。俺が少し尋ねただけなのに、おろおろとしてやがる。全く、これだから最近の若者は……。
まぁ、あまり脅かすのも可哀相なので、俺はきちんと名乗ってやる。
「名が付くかどうかは分からないが、まぁ俺がここの所長の、成田だ」
すると途端に、良かった、と安堵したような表情を見せた。分かりやすい奴だ。
「どうして分かった?」
端的すぎる質問で、俺も言ってからしまったと思ったが、彼はきちんと意図を理解したようだ。
「え……。えっと、ドアがここだけ違いますよね?」
答えとしては短すぎるものであったが、それだけでもう十分だった。
うちの事務所は、前述したようにとあるマンションを借りきって経営している。その為に、本来ならば部屋の作りやら廊下やら、全て同じものになっているのだが、それでは流石に分かりづらいと、俺の部屋のドアだけ色を変えてあるのだ。もっとも、変えてあるといっても、違いはドアの上下にうっすらと引かれているラインだけなのだが。
「よく、気付いたな」
「いえ、そんな……」
読解力並びに観察力も、なかなかのものだ。俺は少しだけ、この青年に興味が湧いた。それと同時に、ようやくまともに彼の顔を拝む事にする。
優男風の声とは裏腹に、顔立ちはなかなか精悍で、整っている部類に入るだろう。背も高く、いかにもスポーツマンといった風の爽やかな青年だ。ただ一つ気になったのは、弟子にしてくれと頼みに来た割には、こいつの格好がラフ過ぎる事だった。別に正装をしてこいという訳では無い。その用意周到さが気になったのだ。
まるで、これから調査に出掛けるのだろうから、かっちりとした服装は逆に邪魔でしょう、とでも言いたげな、この態度が。
久しぶりに、気骨のありそうな若者に出会えたかもしれない。
――試してみるか。
「だが、悪いな、駄目な物はダメ。ムリな物は無理。俺は、弟子は取らんよ」
「そんなぁ……。そこを何とか」
「俺のやり方は、俺にしか出来ない。それを学んでも、君の為にはならない。第一、俺は娘にも何にも教えていないんだ。それが、いきなり弟子を取った、なんて事知られたら、今でも愛想尽かされているのに、更に呆れられちまうよ」
「そう、ですか……」
「そうなんだ。すまんな」
「分かりました……。また来ます」
「何度来ても同じさ」
最後の台詞で粘り強さ、ぎりぎり合格。さて、ここからが本番だ。
俺は窓を開け放ち、明らかに肩を落としてとぼとぼと歩いている後姿に、上から声を掛ける。
「おーい」
ぱっと振り向く。反応速度は悪くない。
「ちょっと来ーい」
さて、計測開始。俺の事務所は五階建てマンションの最上階であり、残念ながらエレベーターは無い。どんなに頑張っても、まぁ三分、いや、五分はかかるか。
ところが。そんな俺の予想をはるかに上回り、カップラーメンが出来る前に、あいつは再び現れた。
「はい! 何でしょう!?」
「……早」
俺は再び呆れた。だが、息切れ一つしていない様子を見て、態度を改める。
「お前……体力はありそうだな」
「はい。高校の時、弓道部の主将でした」
――ほう。では次のステップに移ろう。
俺は、気になった事を片っ端から、投げかけてみる事にした。
「今まで他の探偵事務所で働いた事は?」
「ありません」
「初めてで俺の所に?」
「はい。賢吾さんは昔から俺の憧れの人だったので、弟子になるなら賢吾さんが良いと、ずっと考えていたので」
「何故、そこまで俺に拘る?」
「賢吾さんは、警察庁に居たにも関わらず、突然刑事を辞め、独立なさいました。その男気と、証拠を足で集めるひたむきな姿勢に惚れたんです」
「いや……、そんなに格好良い事はしてないんだけどな……」
面と向かって言われると、流石に照れくさいものがある。まっすぐすぎる眼差しから目を背けつつ、俺は質問を続けた。
「よし、ラスト! どうしてお前は、探偵を志す?」
「……誰かの役に立つ事がしたいから」
「何?」
「友達と、約束したんです。将来、人の役に立つ仕事に就こうって」
「それが、探偵だったと?」
「はい」
他にも色々、選択肢はあっただろうに。その中で、どうして。……物好きな奴め。探偵なんて、地味だし、うとまれるし、うさんくさいし。大方、“有名になってバシバシ依頼を、難事件を解決してやる!”ってな所か。でも、その想いだけは本物っぽいしなぁ……。
――ここは、俺が心を鬼にして、こいつの鼻っ柱を折ってやるか。
そこまで考えた所で、そういえば目の前の少年の名前を尋ねていない事に気が付いた。全く、初歩中の初歩を忘れるとは……。どうも、こいつといると調子が狂う。
「お前、名前は?」
「神城龍貴、と言います」
「龍貴、ねぇ。よし、その心意気は気に入った」
「じゃあ」
「おーっと、弟子にする訳じゃねーぞ? 探偵度チェックをしてやるだけだ」
「探偵度、チェック、ですか」
「ちょうど、お前にも出来そうな依頼がある。これを見事、やり遂げてみろ」
そう言って俺は、ファイルの上の方から、適当に一枚の紙を差し出した。
突然の指示に、紙を持ったまま動けない龍貴。俺は石像を相手にする気は毛頭無いので、彼を急かした。
「さ、行った行った」
「は、はいぃ」
石化が解けた龍貴は、脱兎のごとく事務所から出ていった。
「さぁて、俺も仕事仕事っと」
厄介者を追い払った所で、自分の案件についての資料を取り出そうとしたら、
「……って! 間違えた……」
とんでもないミスをしでかした事に気が付いた。なんと、俺が頭を抱えていた方の事案を、あいつに渡してしまったのである。大失態も甚だしい。
「まぁ、いっか」
しかし俺は、考えを改めた。どうせ、あんな若造に出来る仕事じゃあ無い。すぐに諦めて帰ってくるだろう。その時はそんな風に、楽観的に思っていた。
ちなみに、その依頼とは探偵業務の中でも大きな割合を占める、迷子の猫探しである。それも、そんじょそこらのお猫様じゃない。そいつは、俺達探偵の頭を常に悩ませ続ける、トップクラスの迷子猫様なのだから。
その後数日間、彼からの連絡は無かった。確か依頼書に“何日かかっても良い”というような文言が記載されていたはずなので、あえて寄こしてこないのかもしれない。仮にも連絡ぐらいするのが常識だというのに。その辺りも先に言っておけばよかったと、少しだけ後悔した。
けれどもその後も音沙汰も無く、まさか依頼書を持ったまま諦めたのかとも思った、一週間後の夕方。
ガチャ。
「み、見つかりました」
龍貴はぼろぼろになって、事務所に帰ってきた。
「え? まじで?」
驚きのあまり、思わずリアクションが素に近くなる。
「ご確認を……」
安っぽそうな籠に入っていたのは、確かに依頼された迷子猫、トラ丸君だった。そういえば依頼書を間違えた事もあって、彼には何一つとして迷子猫探しグッズを渡していなかった事を思い出す。その辺りは俺の落ち度だと、ミスばかりが目について嫌になる。
「え? 間違ってました?」
俺の表情がすぐれないのが気になったのか、龍貴はそんな素っ頓狂な声を上げる。あー、もう。仮にも弟子入りを志願してきた奴に心配されるとは、俺も落ちたものだ。
「いや、合ってるよ」
一先ず彼を安心させることには成功したが、しかしどうしても気になった。
――何故、こんなガキに、トラ丸が捕まったんだ……?
予想はいくつか思い浮かぶが、想像だけでは真実は何も見えてこない。お疲れの所悪いが、問い質すしかないようだ。
「龍貴、お前すげぇな……。ちなみに、どうやって捕まえた?」
俺が険しい声のままだったからだろうか。龍貴はおずおずと、やや緊張しながらも、それでも嘘だけは付かず、ありのままを包み隠さず話してくれた。
最初の数日間は、地道に俺が渡した地図を元に、聞き込みをした事。でもトラ猫なんてそんじょそこらにいる。それに挫折し、自分でヤマをかけて、何カ所かに罠を仕掛けた事。けれども結局見つからなくて、再び初心に帰って捜索を続けた所、公園で水を飲んでいる所を捕獲したらしい。
――うーむ、そうきたか……。
「まぁ、座れや」
とりあえず、沸々と湧きあがりそうになる感情を抑えつつ、彼に椅子を勧める。
おそるおそる腰掛ける龍貴。大人しく座ったのを見届けてから、俺は話し始めた。
「まず、総合評価:六十点。とりあえず、合格点だ。で、その内訳は、まずあの猫だが、あれは俺の所に一カ月前に依頼が来た一年に一度大冒険する猫、トラ丸君と言って、難易度A級、この業界じゃ知らない者のいない、king of 迷い猫とも呼ばれる有名な超曲者迷い猫。かく言う俺も、ひと月探し回ったが見つからなかった。その点、たったの六日で見つけたお前は、よく頑張った。まぁ、きっと、ちょうどトラ丸が帰ってきた所だったんだろうがな。運も実力のうちって事で、そこは褒めてやる。けどよぉ、何故最初から本腰入れて探さない! 猫探しだからってなめてかかったのか? あ? 大体、お前自分で言ってたよな? 足で証拠を集めるような探偵になりたいって。あれは嘘か? 罠まで張りやがって……それで捕まらなかったから良いものの、もし、怪我でもさせたらどうするつもりだったんだ! お前、依頼人がどんな気持ちで俺達に頼みに来てると思ってんだ! お前にとっちゃただの猫でもな、依頼人にとっちゃ家族同然なんだぞ! それを……まるで害虫みたいに扱いやがって。いいか、俺達の探す物は、例え時計だろうが財布だろうがハムスターだろうが、それは“物”じゃねえ! 俺達は依頼人の想い、信頼を買って、それを成果で返す。そういう仕事してんだ! それにふさわしい扱いするのが当然だろうが! そういう、依頼人の小さな声を疎かにするようなら、お前に探偵になる資格は無い! あんなテレビドラマに出てくるような難事件を解決したいんだったら、探偵なんて辞めちまえ!」
おっと、一気に喋り過ぎた。俺にとってはいつもの事だが、初めての奴が聞くと圧倒的な台詞の多さに、そりゃあもう驚くらしい。俺としては、思いついた言葉を片っ端から並べているだけだから、そんなに大変な事でも無いのだが。
龍貴を見ると、呆然としている。だが徐々に目に力が戻ってきて、あれだけけなされたのにもかかわらず、あいつは格好付けてこう言ってのけた。
「……賢吾さんの言う通り、俺には資格なんてないのかもしれません。俺は間違ってました。でも、もっと勉強して、いつか必ず、立派な探偵になってみせます。どんな小さな声でも、聞きとげられるように努力します。ありがとう、ございました」
そして、深々と礼をして、立ち去ろうとする。
「お、おい、ちょい待て」
その言葉が自分の口から出た事に、俺自身が驚いた。そして、引き止めたからには、何かしらを言わなければならない。
「まぁ、今のはちょいと言い過ぎた。それに、お前に素質が無い訳でもなさそうだ。そこで、だ。今回トラ丸を無事に探してきてくれた礼、っちゃなんだが、俺の知り合いの探偵を一人、紹介してやる」
「え?」
「お前、行くとこないんだろ?」
正直、俺が世話を焼いてやる義理は、全くといって良い程無いだろう。けれども、何故かは分からないが、この青年をこのまま何もせずに手ぶらで返すのは、惜しい気がしたのである。
「ありがとうございます!」
彼は気持ちの良い程に、綺麗に頭を下げて礼を言った。
「ま、詳しい事はあいつに聞いてくれ。これ、住所な」
「はいっ。ありがとうございます。俺、頑張ります!」
再び直角に腰を曲げてお辞儀をし、龍貴は足取り軽く、ここから出ていった。
嵐が過ぎ去った部屋で、俺はしばし呆けていたが、ふとやる事を思い出し、胸ポケットにしまってある手帳を取り出した。
「……まぁ、龍貴なら、あいつとも上手くやるだろう。多分。ただまぁ、一応、連絡ぐらい入れとくか」
ぺらぺらとページをめくり、目的の番号を見つけると、俺は受話器を取る。そして、ここに移ってからはほとんど連絡をしていなかった番号をプッシュした。
「もしもし、あぁ、俺だ……」
それは、実の娘の所だった。
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あれから、風の噂で聞いた限りでは、龍貴はそこそこ、頑張っているらしい。娘とも相性が良いようで、上手くやっているそうだ。それを考えると、やっぱりあの時の俺の判断は正しかったんだと思う。あいつは俺の所よりも、真帆の所にいた方がきっと成長する。元々、龍貴は俺と似た所があるようだから、正反対の娘の方が、人間として色々なものを教えてやれるだろう。
だが俺も真帆も、すでになかなかひねくれてしまっている。だから、龍貴の唯一の性格面での長所である生真面目をつぶしかねない。あれだけは大事にしてやらなければ。まぁ、娘の事だ。その辺りは俺よりもよく、心得ているだろうけれど。
本人としては、常識という枠に捕らわれている自分を嫌っているかもしれない。それさえも長所だと捉えられるようになれば、あいつも一皮むけるんだろうな。




