幼馴染――「素朴なギモン」
幼馴染である僕――北原勇一にとって、神城龍貴は“どこまでも優しいお人好し”である。
きっと、親類以外の人間では僕が最も、彼と長い付き合いという事になるのだと思う。なかなか複雑な人生を送っている彼は、住む所を転々としているので、長く一定の地にとどまった事が無いからだ。それでも僕は、龍貴とは幼稚園の頃からの幼馴染であり、高校まで一緒だったのもあって、交友は未だに続いている。実際、お互い社会人になってからも、彼とはちょくちょく連絡を取り合っているのだ。もっとも、二人とも忙しい身なので、あまり会えてはいないのだが。
さて、そんな僕から言わせてもらえば、龍貴は本当に、掛け値なしに良い奴だ。ぶっきらぼうな言い方をするのでそうは見えないかもしれないが、あいつは結構熱く、友達思いなのである。あいつ以上に人の事を想ってやれる人間を僕は知らない、と言っても過言ではない程だ。だから、エピソードを挙げようと思っても、存外きりが無いのだが……。
嗚呼、思えば、あの時もそうだったっけか。長い友人関係の中で一度だけ対立した、あの時。あれは忘れもしない、高校一年生の春の事だった。
+++
――ねぇ、貴方には信じられるモノってある?
突然、あの人にそんな事を問いかけられ、僕は答えられなかった。情けない限りだが、元々、根が優柔不断で、臆病な性格なのである。そして、あれからしばらく経った今でも、僕はまだその答えを見つけられないでいる。あの人とはそれ以来、会っていない。
僕が何も言えないうちに、あの人はこの学校を去って行った。
初めて会ったのは一年前。彼女、園宮明日莉は、部活の先輩だった。名前の通り、明るく、優しく、誰からも愛される人である。
僕は、そんな彼女に恋をした。
でも僕には、とうとう彼女に想いを伝える事が出来なかった。他にも、彼女を好きな奴がいたからである。そいつはスポーツ万能、眉目秀麗、その上誰にでも公平で親切で、誰からも好かれる奴だった。そして、何より、俺の幼稚園の時からの親友なのである。
それにひきかえ僕は、成績だけはまぁまぁ良かったけれども、運動神経はないし、人見知りだし、根暗だし……。どう考えても、あいつの方が彼女を幸せに出来る。そう思って、僕は身を引いた。ただ単純に、彼女に振られるのが恐かっただけかもしれない。
兎に角、僕は彼女の前から姿を消した。
その後はどうなったかは知らなかったけど、多分上手くいったんだろう。そう、僕は思い込んでいた。
彼女が卒業して一週間後、僕は偶然にも恋敵、神城龍貴に出逢った。
「よぉ、龍貴。久しぶりだな」
「あぁ、久しぶり。……ちょっと、話せないか?」
僕は内心、彼の顔も見たくなかった。だから普段と変わらない態度を心掛け、早々に退散しようと思ったのに。けれども、龍貴の様子がいつもと違ったので大人しく彼に従い、俺達は近くのベンチに腰掛けた。
「あのな、俺……卒業式の日、あかり先輩に告ったんだ」
「……っ。へ、へぇ、そうだったんだ」
やはり覚悟はしていても、実際聞くと辛いものがある。でも、それにしては龍貴の顔が浮かないのは何故だろう。その疑問は、彼自身の言葉によって解決された。
「でも、断られちまったんだ。他に好きな人がいるんだと」
「そう……」
いやぁ、参った参った。そう言って笑う龍貴。だが、やせ我慢なのは見え見えだった。俺はそんな友の姿に心を痛めながら、改めて自分の身の程をわきまえる。
龍貴でも駄目なのだ。やはり、俺なんかが好きになっちゃいけない人だった。
「で、コレ、お前にだって」
「え?」
そんな風に考えていたら、彼から一枚の紙切れが差しだされた。どうして、明日莉先輩が、僕に……。
沈黙に耐えきれなくなったのか、それとも、動揺している僕に知らしめるためだったのか、龍貴は吐き捨てるように、言った。
「……お前、さ。もっと自信持った方が良いよ。確かに、お前ぱっと見は暗いし、何考えてんのかよく分かんないけどさ、中身は真面目で、誰よりも友達の事を想ってやれる良い奴だ。だから、な。もっと自分を信じてやれよ。お前、北原勇一として、十六年間、生きてきたんだろ? お前がお前自身を信じてやらなかったら、お前を信じてくれている人達に、悪いとは思わないのか?」
龍貴の言葉は、まさにその通りだった。僕は、“僕”と言う人間が一番信じられなかった。だから、こんな僕を信じてくれる人なんか、好きになってくれる人なんか、いないと思っていた。だが……ここに、僕を信じてくれる人がいる! この時やっと、そんな大事な事に気が付く事が出来た。
「ありがとう、龍貴。やっと、解ったよ」
そしてしっかりと、僕は紙を受け取った。
「龍貴、やっぱり君は僕の親友だ。そういう、たまに熱くなるとこ、僕は好きだよ。でも」
「でも?」
「やっぱり君は、お人好しだね。」
僕が笑いかけると、龍貴も頬を緩め、照れ隠しにこう言った。
「うっせーよ。それに、何今更言ってんだ。俺はお前と人生の半分、いや、三分の二ぐらい、一緒に居るんだ。お前の事なんかお見通しなんだよ! ……まぁ、あれだ。お前にはいろいろ気ぃ使わせちまったしな。これでチャラだ。しっかりな、勇一」
「おう」
僕達は固い握手を交わす。もう一つ、大切なものを失くさなくて良かったと、その時僕は心から思った。
再び礼を言って龍貴と別れた後、彼から渡された紙切れを開く。そこには、彼女の美しい字で、こう書かれていた。
“北原君へ。答えは見つかりましたか? 見つかっていたら四月一日、あの桜の木の下で待っています。 明日莉”
何も言わないから、てっきり忘れたものだと思っていたのに。そして僕は思いを馳せた。彼女と初めて会った、入学式の日の事を。
*
一年前。入学式終了直後。僕はあまりの人の多さに酔って気分が悪くなり、会場から少し離れた桜の木の下でうずくまっていた。一緒に来た龍貴ともはぐれ、帰り道も解らず途方に暮れていた時、
「どうしたの?」
と上から声がした。それが彼女だった。彼女は親切にも僕に手を貸し、更には駅まで送り届けてくれた。こんなに優しい先輩のいる学校なら、僕もやっていけるかもしれない。これから始まる学校生活への不安を吹き飛ばしてくれたのが、他でも無い彼女だったのである。
そして、一週間後。仮入部の時に、偶然にも再び彼女を見かける事になる。元々は龍貴が一緒に入ろうとその部活に誘ってきたのだが、結果的には僕の方から入ると言って入部した。
だが、どうせ彼女は僕の事なんか覚えてないだろう。そう思い、何も言えないまま、記憶は忘却の彼方へと消えて行ったのだった。
*
四月一日。早朝。彼女はもう、そこに来ていた。僕はその後姿に、自分から声を掛ける。
「先輩、覚えていてくれたんですね」
「ええ。いくらなんでも、入学式の日から死にそうになっている子を、忘れたりはしないわ」
彼女は此方を振り向いて、そう意地悪く微笑んだ。まぁ、確かに、そりゃそうか。
「あの時は本当にありがとうございました。」
「いいのよ。でも、驚いたわ。まさか再会するなんて思ってもみなかったし。私を追いかけてきたのかとも思ったけど、どうもそうではないみたいだし。こういうの、“運命”って、言うのかしらね?」
そして再び、にこっと微笑む彼女。その愛らしさに思わず声が出なくなるが、精一杯見栄を張って、僕は一生懸命言葉を紡いだ。
「……僕はそんなもの、信じちゃいませんから」
「では、君は何を信じているというの?」
この切り返しは、流石というべきか。彼女は誰からも愛されてはいたが、同時に尊敬され、恐れられていた。その一つが、この回転の早さである。一度敵に回せば、その謀略に絡め捕られてしまう。だから彼女は策士と呼ばれ、皆から一目置かれ、一線を引かれていた。
しかし僕は、思った事をそのまま口にする。龍貴曰く、僕は馬鹿正直らしいので。
「僕が信じているのは、皆です。そして、その皆が信じてくれる、北原勇一、僕自身です」
彼女は、まるでその答えを予測していたかのように、笑顔を崩さぬまま言った。
「実に君らしい、良い回答ね。気に入ったわ。……ちなみに、神城君にも同じ質問をしてみたんだけど、彼、何て答えたと思う?」
「“勿論、貴女です”」
「あたり。私、そう言う回答は好きじゃないのよ」
龍貴はここ一番、って時に気障を気取って外すのだ。なんとなく、想像はついた。……まぁ、そこが彼の良いところでもあるんだけど。
さて、その龍貴から折角チャンスをもらったのだ。頑張らねば。僕は勇気を振り絞り、彼女に自分の想いを告げようとした。
「先輩、あの」
「私ね、北原君の事、大好きなの。これからも、仲良くしてくれない?」
「えぇ!? は、はい。喜んで」
けれども、僕の一世一代の告白は不発に終わる。全く、こういう時ぐらい任せてくれても良いものを。そこが、彼女らしいというか、なんというか。が、結果として、何とも嬉しいお言葉を頂戴したので、良かったのだと思う。
だが僕も、男としての意地がある。これだけは言わせていただこう。
「あの、僕、貴女の事、大切にします」
「ふふ、君のそういう所が、私」
たったった。
先輩の足音と共に、花びらが舞い、僕と彼女との距離は近くなる。そして――
「好きよ」
慣れていない事は顔が真っ赤になるし、心臓がどくどくと、うるさいぐらいに高鳴ってしまう。高揚した気分を落ち着けるように、紅くほてった頬を、柔らかな春風と共に桜がすり抜けた。だがそれは逆効果だったようで、緊張が一気にほぐれた僕は、全身の力が抜けてしまい……。
どさっ。
どうやら僕はまた、先輩のお世話になるらしい。
<僕はまだ弱い。だから今の僕には、君を想うことしかできない。
でも、強くなるから。頑張って強くなって、君を守るから。
だから僕が君に追いつくその日まで、僕のそばでずっと、待っていてくれないか?>
彼女に宛てた、初めて恋文。その答えは勿論、イエスだった。
+++
……とまぁ、途中から思い出話に花が咲き過ぎて惚気話になってしまったが、おおよそこんな感じである。
ちなみに、俺と彼女は今でも付き合っており、近々結婚の予定もある。上手くいきすぎているような気がしないでもないが、本当の事なのだから仕方が無い。事実は小説よりも奇なり、なのである。あの時もし、龍貴が手紙を渡してくれなかったらと、たまにそんな事を思う。そうしたら、僕と彼女がこうして結ばれる事も無かったのだから。でもこの件に関して、僕と彼女の見解は一致している。すなわち、
「龍貴に限ってそんな事は有り得ない」
と。彼女もそれを承知の上で、彼に運命を託したのだと言っていた。もっとも、今から考えると随分残酷な事をしたものだと、龍貴に同情したくなるが。
周りを幸せにする才能。龍貴には自然と、それが備わっているように思う。実際、彼は困っている人を放ってはおかないし、誰かを助ける事をいとわない。しかしその反面、自分の事をないがしろにする癖がある。
もっと自分の事を大切にしたら、龍貴はどこまでも強く、そして優しくなれるんじゃないかと、僕はそんな風に思っている。




