第295話 過去回想50
翌朝――
俺とセレーネ王女は、手を繋いで食堂へ向かっていた。
まだ少しぎこちないけど、どこかくすぐったくて。
でも、ふと目が合うと自然と笑みがこぼれてしまう。
セレーネも、少し照れながら微笑んでくれて――なんというか、幸せだった。
しかし。
その甘い空気は、食堂の扉を開けた瞬間――粉砕された。
「おやおや、これはこれは……!」
いきなりのニヤニヤ笑顔でマーリンが出迎えてくる。
「はわわ〜〜っ!!ゆ、勇者様とセレーネ様が、し、しっかり手を繋いでますぅ〜〜!!」
リリィが顔を真っ赤にして、まるで湯気が出そうな勢いで騒ぎ出す。
「よかったですね、セレーネ様」
リディアは優雅に紅茶をすすりながら、にっこりと微笑む。
その瞳には、ほんのり茶化し混じりの祝福が込められていた。
「んー……なんか、いつもと違う匂いがするにゃ!これは……お泊まりの香りにゃ!?間違いないにゃ!!」
アリアがクンクンと鼻を鳴らしながら、無邪気に核心を突いてくる。
「ちょ、おま――やめろおおお!!」
俺は慌てて叫ぶが、時すでに遅し。
横を見ると、セレーネはすでに顔を真っ赤に染め、そっと俺の手を離そうとしていた。
だけど――
ここまで来たら、もう引けない!
「な、なんだよみんなっ!手を繋ぐくらい、普通のことだろ!?」
精一杯の勇気を振り絞って、堂々と言い切る。
すると、セレーネが少し驚いたように目を瞬かせて……
小さく、でも確かに、頷いてくれた。
その反応に、さらにニヤニヤが加速する周囲。
「ふふ、甘々ですねぇ〜」
「初々しいのにゃ〜」
「はい、尊い。今日も良き朝ね。」
何なんだこの朝のテンション!?
「な、お前ら!朝からなんだその顔は!!
ニヤニヤしすぎだろ! 飯食え飯!」
俺がそう言うと、みんなは楽しそうに笑いながら席についた。
こうして俺とセレーネの婚約初日――
“手つなぎ報告会”という名の羞恥タイムで幕を開けたのだった。
――――――――――――――
みんなでワイワイと朝食を囲んでいた。
焼きたてのパンに、あたたかいスープ。
アリアはトーストをくわえたまま喋り、リリィはバターを塗りすぎてパンをしなしなにしながら「はわわ〜」と慌てている。
セレーネは俺にそっとおかわりのスープを注いでくれて、なんだかもう、まったりとした幸福感が食卓を包んでいた。
――だが。
その空気を、静かに――けれど確実に引き締めたのは、マーリンの低い声だった。
「……さて、みんな。次の計画を話しておこうか」
いつもの飄々とした調子とは違う、真剣なトーン。
空気がピンと張り詰める。
マーリンはゆっくりと椅子から立ち上がり、テーブルに広げた地図に指を這わせながら口を開いた。
「残り、我々が解放すべき国は二つ――
一つは、人魚族が治める海底王国。
もう一つは、龍人族の国だ」
その名が告げられた瞬間、仲間たちの表情が一気に引き締まる。
「……どちらも、行くだけで一苦労だよ」
マーリンは地図上の一点に指を置いた。
「まず、《マリディス》。この国は、アトランティア海溝の遥か下――海底約3,500メートルに存在する海中都市だ」
「さ、さんぜんごひゃく……」
リリィが小さな声でつぶやく。
「この国に行くためには、特殊な潜水魔法や呼吸魔法の習得が必須だ。
水圧、寒冷、光の届かない深海という過酷な環境に加えて、魔王軍の水中兵がうようよしてる」
続いてマーリンは、指を地図の北東へ滑らせた。
「そして、もう一つの《ドラグヴィア》。
この国は、“空の王座”と呼ばれる世界一高い山の山頂――
標高およそ9,200メートルに築かれた天空都市を中心に形成されている」
「標高9,200メートル……!?」
俺は思わず言葉を失った。
リディアが静かに眉をひそめる。
「つまり……どちらも、“まともな道”では行けないってことね」
「その通り」
マーリンが頷く。
「特に《ドラグヴィア》は空を飛べなければ話にならない。
強烈な気流、雷雲帯、そして空中魔物たちの縄張り。――途中で“落ちたらアウト”な場所も多いよ」
俺は腕を組んで考え込んだ。
「……どっちが先の方がいいとか、あるのか?難易度的な意味で」
マーリンは少しだけ考える素振りを見せたあと、すっと微笑む。
「うん、どっちもキツいから――結局は好みの問題かな」
その瞬間。
「じゃあ、海がいいにゃ!!」
勢いよく手を挙げたのは、当然アリア。
耳をぴょこぴょこと跳ねさせながら、瞳をキラキラさせて叫ぶ。
「お魚たべたいにゃ!ぷりぷりのエビとか、ジュワッと焼いたサバとか、巨大な海のモンスターとかも、きっと食べられるにゃ!」
「最後おかしいだろ!? それ敵だからな!?」
リリィもぽやっとした顔で、「海……イルカさんに会えますかぁ……」と夢見がちに呟き、
セレーネは真面目な表情で「水中活動……装備の準備が必要になりますね」と頷いていた。
――こうして、次なる目的地は、
仲間たちの“食欲と癒し願望”により、海の王国に決定するのだった。