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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒髪褐色高身長爆美女石油女王に見初められたダンサーの女の子の話

※他小説サイトにも掲載しています。

 プライベートジェットに乗るなんてことが、自身の人生にあるとはサナは考えたこともなかった。


 隅々まで絢爛豪華な内装が施されたジェットの中。


 サナ同様、その場に居たのは数名の見目麗しいダンサーの女性たちだ。




 ──帰りたい。




 サナは正直そんなことを思ってしまって、胸元のあたりでぎゅっと手を握りしめる。


 ここへ来るはずだったダンサーの先輩が怪我で入院してしまい、代わりにと声をかけられたのが後輩であるサナであった。


 サナの所属する事務所で、補欠として数人声をかけられたうちの一人。


 なぜ自分が、と思わないでもなかったが、有名になるチャンスかもしれない、と二つ返事で受けた仕事だったけれど、その内容を聞いて酷く驚いた。


 それはとある大富豪のプライベートジェットに乗り、ダンスを披露するというもの。


 芸能人なんて比べ物にならないくらい、とんでもないお偉いさんなんだから絶対にへまをしないように、と事務所の人からは何度もサナはきつく言われた。


 どんな人なのか、と訊いてみても首を横に振られるばかり。


 ただ、世界的にかなりの影響力を持つ会社の代表とだけを言われたのだ。


 正直なところ、それだけを聞いたサナは色狂いの中年が相手なのだろうと勝手に思い、なぜ自分がそんなまねを、だなんていう失望と怒りすら出てきて、この仕事を受けたことを少し後悔した。


 サナにだってプライドはある。


 幼い頃からダンサーになることを夢見て、親の反対を押し切って田舎から出てきてなんとか事務所に入った。


 それでも生計を立てられるほどの仕事を貰うには難しく、他のアルバイトなどをしながら過ごす日々。


 だからこそ、うまくいけばここから仕事をもらって、プロのダンサーとして活躍できるかもしれないなんて思っていたのだ。


「あぁ、こっちこっち、くれぐれも皆粗相をしないように。失礼な態度をとるんじゃないぞ! お前たちはあくまで旅中の余興ではあるが、社長にはお忙しい中、少しでも疲れをとっていただく貴重な時間なのだ!」


 そのお偉いさんとやらの秘書の男が、サナたちダンサーの女性たちに向かって、腰に手を当てながら高圧的にそう言った。


 女性たちはそれを聞いて黙って頷く。サナも同様だ。


 これを受けた理由としては、仕事のチャンスのほかにももう一つ、一番大事な理由があった。


 純粋に謝礼がとんでもない額であったのだ。


 一人ひとりのダンサーに対して破格の破格、事務所の人たちが目を疑って何度も確認を取るほどであったと聞いてる。


 だからこそ、断れないし、へまも許されない。


 サナだって、複雑な感情を抱えながらもここまでやってきたのだ。


 他の女性たちに続いて、一番小さなサナもステージへ上がる。


 そこで当の『お偉いさん』とやらの顔を見て、サナは目を見開いた。




 ──なんて綺麗なひとなんだろう。




 隣に居た女性が同じように感嘆のため息を小さくつくのが聞こえた。


 そしてそれはきっと、その場に居た全員が思っていることなのだとサナはすぐに理解した。




 客席という名の、少し段差のあるステージのすぐ目の前に置かれた金のあしらいがある豪華なソファ。


 そこにゆったりと足を組んで腰かけていたのは、一人の女性。


 ウェーブのかかった腰まである黒髪と浅黒い肌は、まるで夜の女神のようだとサナは瞬間的に思った。


 金色にもオレンジ色にも見える切れ長の瞳が物憂げにステージを黙って静かに見つめていて、赤いルージュの引かれた唇は閉ざされている。


 豊満な胸元の見える開けた白いシャツと、体のラインの出るすらりとした黒いパンツを着た彼女は片手にワイングラスを持ったまま、ステージに上がったダンサーたちを見ても何も言うことはなかった。


「アイシャ様、あなた様の好みの女性たちを集めました。最近は特にお忙しかったでしょう? しばしの間ではありますが、これでリラックスしていただければ……」


 秘書の男は、アイシャと呼んだ女性ににこやかに声をかける。


 アイシャはちらりと男を見てワインを一口飲むと、背もたれによりかかったまま、何かを促すように手をひらひらと振った。


 それを見た男は「かしこまりました」と頷いて曲をかける。


 何度もリハーサルで練習した曲を聞いて、既に低位置についていたダンサーたちはパフォーマンスを始める。


 飛行機の中とは思えない広々とした空間だが、窓の外から見える雲ばかりの光景はここが地上からずっと離れた空の上だということを思い知らされる。


 だからかもしれないし、緊張しすぎて昨日はあまり眠れなかったせいかもしれない。


 そんなサナがいつもは絶対に間違えないところで、足がもつれてさせてしまったのは。


「ぁ……」


 小さく声をあげたのと、サナの身体が傾いたのは同時だった。


 そのままステージから転倒したサナは体勢を立て直そうとするけれどももう遅い。


 ソファに座っていたアイシャが少し目を丸くするのが見えて、彼女にぶつかってしまうと思い、なんとかよけようと、咄嗟にソファの横にあったサイドテーブルへと手をつくが、ずるりとテーブルが動いてしまい、サナ床に勢いよく倒れた。


「アイシャ様!?」


 その様子を見ていた男が悲鳴をあげるのが聞こえた。


 段差がさほどないステージでよかった、と思いながらサナも痛みを堪えながらすぐに身体を起こして彼女の方を見た。


 そこには、衝撃でテーブルに置かれていたワインボトルが勢いよく倒れ、アイシャの真っ白なシャツを瞬く間に赤く汚している光景があった。


 ステージの上では、ほかのダンサーたちがその様子を呆然と見つめている。


「ご、ごめんなさいっ! すみません、ほんとうにすみませんっ!」


 サナはさあっと顔を青ざめさせてアイシャによろよろと駆け寄った。


 そして驚いて固まっている様子のアイシャの手や足に触れて、彼女が怪我をしていないかわたわたと確認する。


「すみません怪我は!? っど、どこか痛むところはございませんかっ!? ごめんなさいごめんなさいっ」


 言葉が通じないんじゃないかとか、突然身体に触るなんて、というのは真っ白になった頭では思いつかなくて、身体をがたがたと震わせながらサナは赤くなってしまったシャツを見て唇を噛みしめる。


 アイシャはソファに座ったまま、そんなサナの姿を目を逸らすこともなく見つめていた。


「ご、ごめんなさいっ、もうしわけございませんっ! べ、弁償しますっ、わたし──」


「アイシャ様! お怪我はありませんか!?」


 へなへなとその場に座り込み、涙を流しながらひたすら謝罪をするサナの近くに秘書の男が慌てて駆け寄ってくる。


「お前、アイシャ様になんてことを……! ああ、すぐにシャワーの準備をいたします。お召し物も──」


「いい」


 女性にしては少しだけハスキーな声。


 アイシャはそこで初めて、サナの前で言葉を発した。


 手で男の言葉を制するようにして、グラスを渡す。


「まず、そこのお嬢さんたちは一番近くの空港から丁重に家にお返ししてあげて。もちろん、謝礼はそのまま、むしろ倍にして追加で払ってあげてくれ。あと、帰りの飛行機はファーストクラスを準備してあげなさい。空港からの送迎のタクシーも手配しろ。送っていけず申し訳ないが、きみたちには何の非もない。いい仕事をしてくれた。下がってくれ」


 声をかけられたサナ以外のダンサーたちは、アイシャの言葉に恐る恐る裏へと戻っていく。


「きみも下がってくれたまえ」


「ですが……」


「命令だ。彼女と二人きりしてくれ」


 そして秘書の男からタオルを受け取ると、アイシャは男に向かってぴしゃりとそう言い放つ。


 男はアイシャの言葉に深々と礼をすると、サナを睨みつけてその場を後にする。


 幸いというべきか、ソファにはワインはほとんどかかっておらず、アイシャは汚れてしまった自身の胸元や腕を軽くタオルで拭くと、床に座り込んだサナに向けてゆっくりと微笑む。




「──さて、これで二人きりだね。子ネズミみたいなお嬢さん」




 アイシャが話すのはなんの不自然もない、流暢なサナの母国語であった。


「ア……アイシャ、さま……?」


「アイシャでいいよ。ねえ、ここへ座って」


 アイシャはソファの上、自身の隣をぽんぽんと手で叩く。サナは躊躇したものの、笑みを浮かべてサナの行動を持つアイシャには逆らえず、よろよろと立ち上がり、少しだけ距離を置いて、その隣へとゆっくり腰掛ける。


「アイシャさん、あの、本当に申し訳ございません。汚してしまって、失礼なことをしてしまって、あの、」


「怪我は?」


「え……?」


「さっき、勢いよく転んでいただろう? きみは怪我をしていない?」


「ええと、はい、大丈夫です。私は」


 アイシャはサナの謝罪を遮るように、サナにそう問いかけた。その視線は露出の多いダンス衣装に包まれた、サナの小柄な身体に向けられている。


 お腹のあたりを強く打ち、おそらく痣になっているであろうそこは未だにずきずきと痛むが、それを堪えてサナは何度も頷いた。


 アイシャはそんなサナのことをじーっと見て、サナの膝の置かれた彼女の左手を取り、おもむろに指を絡ませる。


「あ、の……」


 突然のアイシャの行動に、サナは背筋を強張らせながら恐る恐る声を出す。


 アイシャは艶のある黒髪を揺らし、長い指でサナの手をまるで呑み込むように包んでいく。


「好きなものは?」


「え……?」


「甘いものは好き? それともお酒? 服はどんなブランドが好み? よく聞く音楽は?」


 矢継ぎ早にアイシャはサナに質問しながら、もう片方の手でサナの身体引き寄せ、その腰の方へと手を回す。


 胸元に引き寄せられたサナの鼻腔に、ふわりとオリエンタルな香水の匂いと、濃いワインの匂いが入ってくる。


「はぁ、小さいな、とても。小さくて柔らかくて……それにすっごく可愛いね、きみ」


「ひぁっ!?」


 アイシャが片手で撫でたそこは、サナが先ほど勢いよくぶつけたところ。


 痛みが走ったサナが思わずびくりと身体を震わせて声をあげると、アイシャはサナを抱き寄せる力を強くした。


「な、なにを、して……ッ?」


 怒っている様子ではないと言うことは、わかる。


 それには安心したが、それにしたって何か変だとサナは流石に気が付いて、アイシャから離れようとするが、アイシャの腕の力はとても強く、サナが動いただけではびくともしなかった。


「なんでって……したいと思ったから。駄目?」


 サナの問いかけにアイシャは不思議そうに首を傾げる。


「私はきみみたいに小さくて、小動物みたいで、それでダンスの上手い子が好みなんだ。子ネズミちゃん」


 アイシャはどこかうっとりとした顔でサナを見つめてくる。


 その瞳の中には、蒼白な顔のサナしか映っていない。


「ふふ、本当にただの余興だったんだ。何か息抜きでもって言われたから勝手に用意させた場だったんだけどね? こんな素晴らしい出逢いがあるなら、彼には感謝しなくてはいけない」


 くつくつと喉を鳴らして笑いながら、アイシャは絡めた手を持ち上げ、そっとサナの手の甲に口づける。


「ねえ、きみのことが知りたいな」


 その目は、女神というよりも、獰猛な肉食獣のような、それ。


 鮮やかなアイシャドウが塗られた瞼から覗く瞳は、獲物を追い詰めるかのようで、その赤い唇から、同じくらい真っ赤な舌がちらりと覗くのが見えた。


 それを見たサナは咄嗟に渾身の力で勢いよくその手を振り払い、ソファから立ち上がる。


 そして、おぼつかない足取りでよろよろと数歩後ろに下がった。


「わ、わたし、わたしも、いえに、か、かえります、お、おろして、おろしてくださいっ、お、おねがいしま、す」


 先ほど口づけされた手をぎゅっと握って、サナははくはくと、陸に打ち上げられた魚みたいに口を動かしながらなんとかそう言った。


 アイシャは黙ったままサナを見ていて、その視線が怖くてサナはまた一歩後ろに下がる。


「あっ」


 そこは先ほど落下したステージの段差であった。


 それにまた躓いて、サナは尻もちをつく。


「んー……」


 サナの言葉を聞いたアイシャは、困ったような表情を浮かべて立ち上がった。


 そうするとサナはアイシャがとても背が高いことに気が付く。


 優に百八十センチはあろうすらりとした体躯で、コツコツとヒールの靴音を立てながらアイシャはサナに近づいてくる。


「うーん、でも、どこへ帰したらいいのかな? ここは空の上だよ、そして私の所有するジェットの中だ。ここで下ろしちゃってもいいのかな?」


 くすくすくす、とからかうような声音を出しながらアイシャはサナを見下ろす。


 大きな体躯がサナの顔に影を作って、その輝く瞳だけがまるで空に浮かんだ月のようであった。


 何を言っているんですか、とサナが口を開こうとすると、アイシャは窓の外に視線を向け、そしてサナへと戻す。


 前の向こう側には、先ほどと同様、雲の海が広がっているばかりだ。


「ああ、ちゃんと言ったほうがいい? きみが帰れるかどうかは私次第ってことだよ」


 ステージに座り込むサナの前にアイシャは跪く。


 まるでそれは、西洋画に描かれた騎士のような、あまりにも優雅な仕草であった。




「──ねえ、可愛い子ネズミちゃん。きみの人生っていくら?」




 アイシャは手を伸ばし、サナの髪を優しく手櫛で梳いていく。


 サナの目の前で、まるで肩から裂かれたみたいな赤いシミのできたブラウスが揺れて、そこからまたふわりとワインの香りが漂った。




「いくらでもいいよ。ぜーんぶ、私が買い上げさせてもらうからね」




 左手の薬指の根本についたルージュが、サナにはまるで指輪のように見えた。

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