母親からの突然の電話は妹が家に帰ってこないというものであった
「柚葉がいない?」
母親からの突然の電話、その内容は妹である柚葉が見当たらないというものであった。学校に行ってから帰って来ないというのであった。もう夜の10時なのに。
「あいつの電話は?」
「何度もかけてるけどつながらないの。電源切ってるみたいで。位置情報も」
俺はまじかと思いながら頭を抱える。
「俺も連絡してみるし、心当たりある場所探してみるよ」
「うん、お願い」
母親はそういうやいなやすぐに電話を切った。いつもかなり元気で明るいのだが、かなり焦っているようで憔悴しているような感じでもあった。
柚葉の電話にかけてみる。案の定繋がらなかった。予想どおりではあったが、俺も着信拒否されてるみたいであった。
「まあだよな」
俺はダメもとでもう一度かけてみながら、外に出られる格好に着替える。案の定繋がらなかった。
一応と思いながら、どこにいるかを尋ねるメッセージを送っておく。あまり強い文章にならないように心掛けながら。見ないとは思うが、それでも送っておく。
「さてと、思い当たる場所は、と」
俺は外に出ると、柚葉が行きそうな場所を考えてみる。まあここ数年ろくに話してもいない妹の居場所など正直見当もつかない。
「とりあえず、あそこ行ってみるか」
俺は一縷の望みをかけて、ある場所へと向かう。柚葉が行くかもしれない場所。俺の中でその可能性が一番高いとなんとなく思える場所。
この街全体を見渡せる丘にある穴場スポット。ほとんど人が来ないが、この町で一番星空がきれいに見えると俺が思っている場所。昔に柚葉に教えた場所。
柚葉が小学生のころ、友達といざこざがあって落ち込み、意気消沈していたときに連れて行った場所。強引に。
『上みてみろ』
『きれい』
『だろ、ここの星空みれば、なにかもどうでもよくなるんだ』
過去の記憶。もう10年近く前のこと。その一回、たった一回だけ連れて行った場所。そんな昔の記憶にすがるしか俺にはなかったのだ。
その場所につくと、俺は少し驚いた。
そこには柚葉がいたからだ。
俺はなんと声をかければいいのか考えてしまう。実際いると思っていなかったので、何も考えていなかった。
考えごとをしていると、柚葉が俺のほうをみる。柚葉の顔は驚いていた。
「なんで?」
「ああ、柚葉、久しぶり」
なんともまあ自分でも思えるほどのひどい第一声だと思う。
「連れ戻しにきたの?」
とげとげしい口調で柚葉は言った。俺は少し思案して、思ったことを告げる。
「いや、別に」
「は?」
柚葉はとげとげしい態度だった。珍しいなと思ってしまう。普段は母親に似て、明るく元気、悪く言えば能天気なやつなのに。それだけ何かがあったのだろう。
「母さんに探してくれって言われてな。それでここに一応探しに来たらいただけ。連れ戻すのは考えてなかったな」
「意味わかんない、普通連れ戻すでしょ、お母さんのところに」
「まあそうだよな」
柚葉の言っていることは正しい。だが、まあ今の柚葉を見て連れ戻す気はなかった。いや正確に言えば、探すときからだが。
「お前が無事ならとりあえずいいや。事故とか事件に巻き込まれてると心配だったしな」
とりあえず柚葉が無事ならそれでよかった。この後もしかしたらそういう事件が起きるかもしれないが、起きないよう見張っていればいいだろう。
「何それ。つまり私が帰らなくてもいいってこと。このまま」
「うーん、ずっとは困るなぁ。何かこれからあるかもしれんし。まあでも今日ぐらいはいいんじゃね。明日は学校休みだしな、休み、だよな?」
俺は問いかける。ずいぶん馬鹿な問いだと自分でも思う。柚葉は少し呆れたような顔をしている。
「とりあえず。お前が無事なことは母さんに伝えるぞ。場所はまだ教えないけど、そのほうがいいよな?」
柚葉に確認をとる。柚葉は無言であった。俺はそれを了承と勝手にとって、母さんにメッセージを送る。そして、そのまま携帯の電源を切る。
「よし、これでOK」
柚葉は少し驚いた顔をしていた。
「ほんとにそうしたの?」
「あ?だって、お前まだ帰りたくないんだろ。とりあえず一人になりたいんだろ。まあ一応俺はお前のこと見張ってるけど。そこは許せよ」
「なんで?」
柚葉は尋ねる。俺は柚葉の尋ねた意味について察しはいたが、あえて答えない。
「怒らないの?なんで優しくしてるくれるの?」
「いやお前の状況しらんしな。ここで怒るのちょっと理不尽だろ。それに、俺も今のお前みたいなことやったことあるしな」
「え?」
柚葉は驚いた顔をする。
「まあお前は知らんよな。超小さい時だし、親は言わなかったし、俺が中学生くらいの頃かな」
俺は懐かしさを感じながらあの時のことを思い出す。そして、柚葉に向けて勝手に語り始める。
「親とケンカしてさ、内容は超くだらないから割愛な。それで学校から家に帰らずにいたんだよ。で、その時見つけたのがここ」
俺は思い出す。町を歩き回り、どこか隠れられそうで休めそうな場所を探したときにここに来たことを。
「ここに来てさ、星空眺めてたんだよ。なんとなくな。それでしばらくしたらどうでもよくなってきてな。家に帰った」
懐かしさを思い出す。その後、家に帰ったら父親と母親に泣きながら怒られたし謝られた。俺も泣きながら謝った。まあそこは兄のプライド、威厳として少し隠しておこう。
「それから辛いこと、悲しいこと、悔しいこととかあったらここの星空見に来てんだ。お前が覚えてるかはわからんが教えただろ、ここの星空見るとなにもかもどうでもよくなるってな」
柚葉は小さくうなずいた。どうやら覚えてくれていたようだ。
「てなわけで、俺の自分語り終了。ということで少し離れた場所にいるな」
そう言って、柚葉から距離を取ろうとした。
「兄貴、待って」
柚葉の小さい声が聞こえる。「どうした?」と俺は返す。柚葉は小さい声で続ける。
「近くにいてほしい」
俺はそれをきくやいなや無言で柚葉に近づく。
しばしの静寂が支配した後、ぽつりぽつりと柚葉が話し始める。
学校で困ってること、悩んでいること、辛いこと。
話は支離滅裂であったが、柚葉の苦しさ、辛さは伝わってきた。
俺は途中から柚葉の頭をなでていた。昔柚葉が小さい時にやってあげていたときのように。
柚葉の嗚咽混じりの声を聞きながら、俺は黙って柚葉を優しくなでてやっていた。
徐々に柚葉は、泣き出しはじめ、そして、本格的に泣き出した。泣き出すと、俺のほうを向き、俺に抱き着いた。そして、俺の服に顔を埋めながら泣いていた。俺は黙って優しく柚葉を撫で続ける。
しばらくして、柚葉は落ち着いたようであった。俺はその時、そのタイミングで言ってやった。
「いつでも話聞いてやるよ、俺はお前のお兄ちゃんだからな」
柚葉は顔をあげる。泣いていたこともあり、ひどい顔だった。
「たくっ、ひどい顔だぞ。お前。俺のイケメン譲りの美少女っぷりが台無しだな」
冗談交じりに言う。
「うっさい。兄貴イケメンじゃないじゃん。私が美少女なのはほんとだけど」
「んだと、お前。どう見ても俺はイケメンだろ。みろよ」
きらりという効果音が頭に浮かぶようにポーズをとってみる。柚葉は吹き出して笑う。
「笑うとこじゃねえんだが」
「だって、おかしくって」
俺は「それイケメンすぎてって意味だな」と言いながら何度もうなずく。柚葉は「そんなわけないじゃん」と笑いながら言う。そして、そのまま二人で笑い合う。昔のように。よく話していた時のように。
「ありがとね」
ひとしきり笑った後、柚葉はぼそりとつぶやいた。俺は何も言わず無言で頭を撫でる。
「兄貴、頭なでるのだけはうまいよね」
「おう。待て、だけってどういう意味だ?」
柚葉はにやりと笑う。俺はおいと問い詰める。柚葉は笑ってごまかした。
「私、お家帰るね」
「そうか、じゃあ送ってくわ」
俺は何の気なしにそういった。柚葉は「いらない」と即座に言ったが、「こんな夜中に一人で帰らせるわけないだろ」と返す。
「そうだね」
「よし、じゃあ行くぞ」
と言いながら俺は柚葉に手を差し出す。柚葉はきょとんとした顔をする。
「まさか、手つなぎで行こうとしてる?」
「そうだけど」
「もうそんな歳じゃないから」
柚葉はそう言って、帰り道へと向かう。俺は「あんだけ頭なでられて嬉しそうにしてたくせに」とぼそりとつぶやく。柚葉は俺のほうを振り向き、「うっさい、バカ兄貴」と言った。
「おい、馬鹿はいいすぎだろ、馬鹿は。というか事実を言っただけで」
「うっさい。これ以上話しかけんな」
「なんだその言い草は。それがお兄ちゃんに向かっての言い方か!」
そして、そのまま口論しながら俺と柚葉は柚葉の家へと向かうのだった。柚葉の顔は晴れやかなものであった・・・