8(side ならず者)
「≪幻覚解除≫」
男の言葉と共に、周囲の空気が変化する。
それと同時に凍り付いた小鬼は跡形もなく消え、四人のヒトと荷物を積んだ竜車が残された。
「お頭、今回もうまくいきやしたぜ!」
お頭と呼ばれた中年の男は、隣で弓を構えた部下の男ににやりと笑って見せる。その手には赤い宝石のついた指輪がぎらぎらと輝いていた。
「ああ、古代遺物様様だな。遺物の片割れが置かれた範囲内にいるヒトに魔物に襲われる幻影を見せることができる。」
指輪を外してみれば、輪の内側にも複雑な文様が刻み込まれている。
(魔法はお互いに届かねぇが、こっちからの物理攻撃は有効だ。しかも、周囲の魔力を少しずつ吸収して発動するから違和感すらない。……どういうカラクリかは知らねぇが)
頭は指輪を懐にしまうと、周りに控えた仲間に指示を出す。
「……お前ら、こいつらが目を覚ます前に拘束しろ。探索者が優先だ!」
「「あいよ!」」
手下は倒れている四人に近づき手慣れた様子で拘束していく。
「うわっ! なんだ、こいつ! 大人しくしやがれ!」
竜車の近くにいる男を拘束しようとした手下が叫んでいる。どうやら繋がれている竜にてこずっているようだ。
「竜車はデリーが手綱をとれ。例の奴を使っても構わん」
「応。竜車は任せといてください」
デリーと呼ばれた男は弓を降ろして、竜車に近づく。
「ギャゥ! グルルルルゥ!!」
こちらを敵と認識した竜は近づいてきたデリーに威嚇する。
「おっと。荒い気性の竜……主を選ぶ個体っすか。商人の竜にしては珍しい。」
この竜は主を攻撃した相手を敵と認識しているらしい。激しく唸り声をあげ、牙をむき出しながらデリーを睨み付けた。
基本的に竜車を牽く竜は、気性が穏やかで、どのヒトでも言う事を聞く個体を選んで育てる。
主を選ぶ個体は能力は高いが気性が荒い傾向になる。一度認められれば主に忠実に従うようになるのだが、そのような個体に手間をかけるよりも、穏やかな個体を育てるほうが楽で安全なためだ。
しかし、メリットが無いわけではない。主を得た竜は、己が死ぬまで主を守ろうとする……この竜のように。
こちらとしては厄介だが、とっておきのコレがあれば問題ない。
「威勢が良くて結構だけど、この香を吸った竜は皆俺の言うことを効くっす。」
デリーは今にも噛みつこうと牙を剥く竜に特殊な香を嗅がせる。
言うことを聞くまいと唇を噛んでいた竜だが、しばらくして香が効いてきたらしく首を下げた。
「ふう、主人想いの竜っすね……思ったより時間がかかってしまった」
大人しくなった竜をデリーは慣れた様子で御し荷台のそばに寄せる。
デリーが竜車を掌握したのを確認した頭は、後始末を手下に任せて荷台に飛び乗ると、古代の遺物の片割れを回収するため自身が細工した箱を探す。
「果実の箱……果実の箱……おっと、これだ」
積まれた荷物の一つにナイフを突き刺すと、中身の果実と共に赤い球がころころと零れ落ちた。
「へへっ。商人も自身の荷物と一緒に罠が仕込まれてるなんて思いもしなかったろうよ」
頭は遺物の片割れである玉を回収し、手下の様子を確認する。
四人の拘束が終わったようで、隠していた特製の荷車に一人ずつ乗せているところだった。
余裕があるのが、雑談している手下もいる。
「こいつらも、国境への道を歩いているなんて思ってもなかったでしょうぜ」
「違いねぇ、ははは」
この場所は国境への道で、すぐそばには土地を区切る壁がそびえたっている。
今回は分かれ道より少し前で遺物が発動させた。
遺物は発動直後の風景を幻覚に反映するので、この四人には同じ道をまっすぐに歩いているように見えていたはずだ。
「はあ、今回はぎりぎりだったぜ。古代遺物が発動するタイミング、誘導するルートや魔物の襲撃場所は事前に設定しとかないといけねぇ。仕掛けるタイミングが早すぎればこちらの準備が間に合わないし、かといって遅すぎても、今回みたいに警戒されるからなぁ」
手下が商品を運んでいる横で頭はぼやきながら今後の方針を練ることにした。
オリゼの街へ事前に手下を配置し探らせていたが、カモになるような探索者が現れないし、何でも屋の主人が駐屯している軍に調査をかけあおうとして、門前払いされているのを確認している。
とはいえ、何らかの情報が軍に入っているのも否定できない。それに、今も誰かが見ている気がする。
(……そろそろ潮時かもな。)
この国には国内の警備を担当する【王の盾】の他に、調査や法務を職務として扱う【王の眼】が存在する。ただの役人ともとれる奴らだが、憲兵の役割も持っており、一度動けば電光石火の大捕り物をするとの噂だ。
(早めに動くに越したことは無いか)
頭は竜車から飛び降りると、探索者を乗せる荷車へ向かう。
「あ、お頭! この探索者、味見されますかい?」
手下の一人が探索者の女を頭の前に運び、股を開かせた。誰かが気を利かせたのか、わざわざ下着を脱がしてから拘束してあった。
まだ幼さの残るそこは綺麗なピンク色をしており、男を知らぬことを示している。
中の状態を確認した頭は「はあ……」とため息をついた。
「馬鹿野郎! このガキは処女じゃねぇか! 使ってしまったら価値が無くなっちまう! お前ら、絶対に手を出すんじゃねぇぞ!」
頭は念のため釘を刺す。わざわざ南東のエレナ国からこっちに流れてきたのは、この国のヒトをさらってアンチェルナの奴隷商人に売れば、大金が手に入ると聞いたからだ。
……アンチェルナ帝国南部には大陸最大の遺跡があり、探索者奴隷の需要が高いことは知っていた。だが、今向こうの奴隷商人が求めているのはこの国出身のヒトなのだそうだ。それも童貞・処女であれば非常に高値が付くと。
せっかく苦労して捕まえたのに、価値を落とすような真似はしたくない。
「そんなぁ……おこぼれにあずかれると思ったのに!」
「俺ら、最近ご無沙汰で溜まってるんすよ~! たまにはいいじゃないですか……」
手下たちは口々に苦情を漏らす。
商人を襲って荷物を奪っていたあの頃なら許可を出していたが、今回ばかりは許すわけにはいかない。
「悪いな、男も女も未使用なら高く売れるらしいんだ、我慢してくれ。……その代わり、高く売れたら向こうで女を買って楽しもうぜ」
「わかりやした」
「我慢するっす」
頭が代替案を出すと、手下たちはしぶしぶ引き下がる。
今回の狩りは女が処女の時点で当たりだ。若い男の方も、事前情報から推測するに童貞……つまり、高く売れる可能性がある。噂が本当ならば、旅商人の荷物を奪うより効率が良い。
目先の快楽に囚われて、金を得るチャンスを失うわけにはいかないのだ。
(さて、一体どれくらいで売れるかねぇ)
頭は思わず舌なめずりをした。
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