7(side 探索者)
「エディ殿、最大級の警戒を。何者かの妨害を受けていると思われる。可能性としては道の偽装、あるいは幻覚魔法。現時点では不明だ」
シェイドの言葉にエディはあわてて周囲を見渡す。しかし、付近に何かがいる様子もなく、首をかしげる。
だが、シェイドの言葉を聞いたオスクとインはそれぞれの武器を掲げ、既に周囲にいるかもしれない敵に備えていた。
「え?まさかそんな……。いえ、あなた達を信用します」
エディはあわてて手綱を引き、竜を止める。
急に歩みを止められ、荷台が尾に当たった竜はエディにガルガルと鳴いて抗議したが、周囲の空気を読んだのかすぐに静かになった。
かさ……かさ……
時折吹く風が周囲の植物を揺らし、葉擦れの音が聞こえてくる中、何かが草木を踏みながら移動する音が聞こえてくる。それは徐々にこちらに近づいてくるようだ。
シュッ!
「うわっ! 何か飛んできたっ!」
前方を警戒していたオスクの頬に飛んできた矢がかすったらしく、横一線に赤い傷がつく。
それを合図としていたのか、わらわらと武装をした小鬼が飛び出し、周囲を取り囲む。
「バカなっ! 小鬼の気配をこの私が見逃すなど! ふう、……落ち着け、反省は後だ! エディ殿、伏せていてください!」
シェイドは動揺しつつも、冷静に状況を判断し、エディに伏せるよう指示を出す。
「分かりました!」
シェイドはしゃがんだ依頼主を庇うように位置取り、機械弓で小鬼の急所を手早く、そして確実に打ち抜いた。
オスクは前衛に飛び出し、飛びかかる小鬼を一匹一匹確実に屠っていく。しかし、どこから沸いてくるのか、小鬼の数はいっこうに減らない!
「チッ、厄介だな! いくら切っても沸いてきてキリがねぇ!」
オスクは思わず悪態をつく。いくら切ってもどこからか石や矢が飛んできて躱すのも大変だ。
インもは魔力消費の少ない≪石矢≫の魔法で応戦する。
「あ~! もう! 適当に魔法打っても当たるってどうなのよ~!」
≪石矢≫は事前指定した座標に飛ぶ性質の為、事前に狙いを定める必要がある。それ故に動く相手には当たりづらい魔法だ。しかし、魔力消費量が少なく、連発できる為、牽制としては重宝される魔法である。
そんな魔法が敵の数が多すぎて、適当に撃っても全て当たってしまう。場所指定が苦手なインは少し複雑な気分だった。
(撤退しよう。無事に北の街へ送り届けることは難しくても、命を落とすよりはましだ!)
前方よりも後方の方が敵の数が少ない。周囲を見渡して状況を冷静に分析したシェイドは小鬼を全て倒すのは難しいと判断し、依頼主を逃がすための活路をつくる判断をする。
「あちらも弓や石弓を使ってくるのが厳しい。依頼主だけでも逃がしたいが、今のままでは不意を突かれる! オスク、前方の敵の牽制を! イン、行動を封じる魔法を使ってくれ!」
シェイドは二人にオリゼへ引き返すための指示を出す。だが、インは何かを思いついたらしく、二人に魔法を使う提案をする。
「前方の行動を封じるよりもっといい魔法があるわ! 古代語魔法の呪文を唱えるのに集中するから少しの間耐えて!」
「……そうか、分かった! 任せてくれ!」
「頼みます、イン!」
オスクは、魔法を使うために集中しているインをかばうように小鬼の攻撃を受け止め、隙あらば切り返す。シェイドは後方の小鬼を牽制しつつ、オスクの援護を行う。
「ありがとう、二人とも! 皆まとめて凍らせてあげる! ≪氷の突風≫!!」
インが放った氷の風が竜巻のように巻き上がり、小鬼の群れを巻き込んでいく!
……まるで竜巻のような氷の嵐が過ぎ去った後には、凍りついて動かない小鬼の像が残された。
「さすが、イン! やるなぁ!」
「まさか、古代語魔法まで使えるようになっていたとは……成長しましたね、イン」
「えへへ、すごいでしょ! エディさん、怪我はない?」
インは二人に褒められ、照れ隠しのように一度頬を掻き、しゃがみこんでいる依頼主に手を差し出す。
「ええ。それにしてもすごい魔法ですね、囲まれてしまったときは焦ってしまいましたよ」
エディは差し出された手を掴み、立ち上がる。そして、周囲の氷の像をみて、安堵の息をもらした。
「では、小鬼に止めをさしていきますか」
魔物という存在は再生力が高く、確実に止めを差さないと足下を掬われることになる。
これだけの数に止めを差すのは骨が折れるが、中途半端に生き残られると、後に強力な魔物となって復讐しにくることもよくある話。また、どこにでもいるような小鬼といえど、素材として売れる場所もある。
魔物を倒したら速やかに止めをさし、売れそうな素材や武具をはいで活動資金にする。探索者の常識なのだ。
そうして三人は凍りついた小鬼とどめを刺そうとして近づき……オスクは違和感を抱く。
ここにいる小鬼は弓を持っていない。
「みんな気をつけろ! 凍っている小鬼達は弓を持ってねぇ! まだどっかに敵がいる!」
オスクが慌てて叫んだが、時既に遅く。
ヒュッという音がしたと同時に二人が倒れた。
「イン!? シェイドさん!?」
慌てて駆け寄ると、二人とも背に矢が刺さっていた。
致命的な場所ではないはずなのにピクリと動かない。鏃に速効性のある麻痺毒が塗られているのかもしれない。
「不味い! エディさん! 逃げてくれ!!」
オスクは慌ててエディ逃げるように叫ぶ!
しかし、そのエディも竜車にもたれ掛かるように倒れていた。二人よりも先に撃たれていたらしく、その左腕には矢が深々と刺さっているように見える。
そして、再び風を切る音が響く。
「くっ、どこから……」
オスクの上腕に深々と矢が刺さっていた。
すぐに矢を抜くも、肩からビリビリと痺れる感覚に襲われ、そのまま崩れ落ちるように倒れてしまう。
「くそっ……こんなところで終わるなんて……」
なんとか立ち上がろうと力を入れるも体はピクリとも動かない。
パタパタパタ……
意識が闇に落ちる直前、オスクどこかから鳥の羽ばたく音を聞いた気がした。