6(side 探索者)
1バウィー=1キロメートルとなります。
探索者三人は、依頼主である商人と共に北の街へ向けて移動していた。北への道は舗装されていて、時々馬車や他の人が足を運んでいる。
「いやぁ、本当に助かりますよ。ここ最近、護衛依頼を受けてくれる方が現れなかったので。荷物は食料品や日用品といくつかの古代遺物。隣町まで30バウィーほど離れているので、一度野営が必要な距離になる予定です。どうかよろしくお願いします」
ヒュミナ族の商人、エディは荷を運ぶ竜の手綱をとりながら探索者達に感謝をのべる。
年齢は30代後半だろか?平均的な体格で顔立ちは優男という言葉が似合う風貌をしている。
急いでいるのだろう、移動と同時に依頼の詳細を手早く説明してくれた。
「この荷物大丈夫なの? 竜車が急に止まったら崩れてしまいそうだけど……」
荷車には様々な箱が積まれていて、竜が進むたびにカタカタと揺れている。慌てて積んだのだろうか? 今にも崩れそうな荷に不安を覚えたインは依頼主に尋ねた。
「……次はいつ護衛付きで移動できるか分かりませんからね、ついつい山積みにしてしまいました。もちろん、崩れないように固定してあるから大丈夫ですよ。万が一崩れて中身が傷ついてしまっては商人の名折れですからね、ははは」
インの質問に、エディは荷物をポンポンと軽くたたき、笑顔で答える。
彼がどれだけの間依頼を受けてくれる人を待ち続けていたのか……荷物の山がそれを物語っている気がした。
「ふーん。……国境に壁が造られても落ち着かないもんだね。俺らとしては、仕事にありつけてありがたいけど」
三人の会話を横で聞きつつ、周囲を確認していたシェイドは、荷車のあたりから人の視線を感じた。鋭い視線ではあるが、敵意は感じられない。乗合竜車に乗る金のない旅人だろうか?それとも、盗賊団か?どちらにせよ、警戒する必要はある。
「ところでエディ殿、一つだけ確認したい。その荷車から何やら妙な気配を感じます。誰かが荷車に忍び込んでいるのでは?」
万が一もある……シェイドはエディに確認することにしたのだ。
「あぁ、あなたは中々鋭いですね。時々妙な存在感を放つ遺物を積んでいましてね。貴方が感じている気配は多分それだと思いますよ」
シェイドの疑念に、エディは何事もないかのように伝える。
「人の気配がする古代の遺物……ですか」
……この妙な感覚は本当に古代遺物が発する気配なのだろうか?
遺物にはまだ分からないことも多く、日用品同等の遺物もあれば、未知の危険な遺物かもしれない。報酬が高いのは、そういった古代遺物が狙われる可能性があるからとも取れるが……。
念のために確認しようとは思ったが、気配はすぐに消えてしまった。
(万が一もある。留意しておくに越したことは無いか。)
シェイドは再び後方の索敵に戻るのだった。
◆
「エディさん、狩人か遊撃手の心得でもあるの?荷台に置いてある山刀と弓矢が気になっちゃって。特にその弓、エルフィ族が好む銀糸の弓だろ?使い込まれてるかんじがするから……」
山刀の持ち手には細かな傷こそあるものの錆びてはいない。弓矢は森で暮らすエルフィ族が好んで使う、銀で強化されたそれによく似ている。
どちらもきちんと手入れがされていて、オスクには今も使っているように見えた。
オスクの不意の質問に考え事をしていたエディは一瞬言葉に詰まる。しかし、すぐに笑顔でオスクに返答する。
「……私は使いませんが、この二つを必要とするヒトの為に私が持っているんですよ」
苦笑いをして荷台の武器を撫でるエディに、オスクはなるほどと手をたたく。
「ああ、そうか。売り物ではなくて届け物ってことか。エディさんは商人って感じがするけど遊撃手には見えない……こういっちゃ悪いけど」
オスクは失礼とは思いながらも正直な感想を伝える。
オスクは、故郷の北方領で数多くの遊撃手を見てきた。
通常よりも重い銀糸の弓を引くエルフィ族の遊撃手の筋肉量は相当なもの。しかし、エディの腕には必要な筋肉があるようには見えなかった。
「ははは、まあ……そんなところですね。それはさておき、この弓がエルフィ様式の弓だとよく分かりましたね」
「ああ……俺達、北の出身で」
閉鎖的な故郷を嫌い、北方領を家出同然で出てきたオスクにとってはあまり詳しいことを話したくない。
特に親から許可をもらったと嘘をついて故郷を出たので、ボロが出るとまずい。つい口数が少なくなってしまった。
「なるほど、北方領は他の地域と違ってエルフィ族も暮らしていますからね。彼らの弓を見る機会もおありでしたか」
エディの言葉にオスクはあまり追及されなくて良かったとほっと胸をなでおろす。
◆
三人の探索者と一人の商人は隣町への道を順調に進んでいく。時々吹き抜ける風は穏やかな暖かさを感じさせるものだった。
「今のところ道はきれいだし小鬼の気配もない。このまま順調に進めると楽なんだけどなぁ……」
周囲は木々に囲まれてはいるが、道はきちんと舗装されていて快適だ。国の方針で、主要道路は全て整備するように法で定められているらしい。
しかし、魔物が多く出現する地域では、きちんと整えた道もすぐに舗装がダメになる。
補修業者が占領して通りづらいのはましな方で、国から支給された修繕費を使いつくし、放置され荒れ果てている場合もある。
『熟練の探索者の中には街道の状況で魔物の数を予測し、その後の方針を決めるパーティもある』と、オスクはシェイドから教わった。
「これだけ進んでも、なにもいなければ修行になりゃしないぜ」
オスクはつまらなそうに呟く。警戒してはいるものの、敵の出ないこの状況を楽観視しているのか、緊張感が無い。
「本当にねぇ。でもいいんじゃない? 魔物と戦わなければ服もそれほど汚れないし。≪清潔≫で汚れは落とせるけど、完全に綺麗にするには魔力をかなり使うのよねぇ」
インも既に警戒心が解けてしまっているのだろう、自身の服が汚れないかを気にしている。
ジェイドはあまり良くない傾向だと考え、二人に警戒を促そうとしたその時。
シェイドはエディの顔色がおかしいことに気付いた。
「そろそろ分かれ道がある頃ですが……バウィーストーンがここまで一つも見当たらないというのは……」
エディは地図と道を交互に見返し、困惑したように呟く。
この国では、主要な街をつなぐ街道は全て舗装してある。そして、分かれ道がある場合は標識を設置するよう義務付けられている。
オリゼの街の入り口にあった標識には分かれ道まで10バウィーと書かれていた。だが、かなり移動したはずなのに未だ標識は見当たらない。
「どうしたんだろ?道に迷ったのかな?」
オスクとインも依頼主の様子が変わったことに気付き、不安を抱く。
「……ここまでの道中、道に迷うような要素など無かった」
シェイドはぽつりとつぶやき、眉間にしわをよせる。そして、依頼主が持っている地図と自身が持っている地図に齟齬が無いことを確認する。
『最近、仕事を受けてくれる旅の探索者が減っているんですよ』
オリゼにある何でも屋の主人の言葉が脳裏をよぎる……シェイドは相棒たる機械弓を手にした。