下ごしらえ 拾弐
胡散臭い男という印象は間違っていなかった。
男は名前を名乗らず、ただ己を王の側近であると言った。
その時点で逃げるか戦うしかなかったはずなのだが、
「重ねて謝罪を。粗末なものしかございませんがどうぞお召し上がりください」
なぜか、三太達は歓待を受けていた。
三太の世界で言えば西洋風の屋敷に近い建築物の一室。調度品や内装に関しては、さすがに異世界だけあってあまり見たことのない風景だった。椅子の形ひとつとっても三太の知るそれとは違う。
座り心地はまずまずだったが、三太は警戒心だけは解かないようにしようと決めた。
「いや、この酒は絶品だ。あっちにはない風味。米に近いが甘味が段違いだな」
文七は出された酒に舌鼓を打った。
…いや、あくまで警戒することを決めたのは三太なのだ。自分以外の人間がどんな行動をとろうと気にしても仕方がない。そもそも、三太が決めた方針自体が間違っている可能性だってあるのだ。
王の側近である男が本当に三太達を歓迎している可能性もあるわけで。
【おい。これ、どう食えばいいんだ?】
ヨシツネが困った顔をしている。
頭の中に響いた声が三太に向けて発せられたものであることに気づくのに数秒かかった。誰も反応していなかったからだ。じっとこちらを見つめる姿はまるで子犬のそれに近い。ヨシツネが言っているのは、大きめの皿に乗った一品のことだろう。
丸い形をしたなにかは、餅やパン、饅頭に近いもののように思えた。
しかも、箸やナイフとフォークのような食器がない。どうやら手づかみで食べるようだ。
小皿にもいくつか料理が置かれていたが、よくよく見れば手づかみで食べられるようなものばかりだ。少なくとも汁物は各人のお椀らしき食器に守られていたし、小皿ですら汁気のあるものがない。
『ちょっと。内緒話はやめてくれない? 私、さんちゃんのママなんだけど』
また頭の中に声が響く。
いや、ママじゃないんですけど。三太はそう口に出したくなったが頭がおかしいと思われるのも嫌だったので心の中で否定することにした。
「あの、これ、どう食べればいいんですか?」
心の中でママであることを否定しながら、三太は市村ヨネに向かって言った。
なぜか市村ヨネすら料理に手をつけていない。文七と同じく酒を飲んでいるだけだ。
「あら、そのまま掴んで食べるのよ。おにぎりと同じね」
「あの、他のも全部ですか?」
「ええ。箸なんてものはこの世界に存在しないのよ」
三太が言葉を発したからか市村ヨネも言葉を発した。
しかし、手づかみか。
箸以外にもナイフとフォークなんて作法があるのはわかっていたが、まさか全て手掴みで食べなければならないとは。
「重ねて謝罪を。我が国は戦時下が長く続いたため、食事も全て簡略化されております。ですが、その分味に対しての妥協はしておりません」
そう言って胡散臭い男は丸い物体をつかむと思いっきりかぶりついた。
むしゃむしゃと。
それがあまりにもうまそうだったので、三太も躊躇わずかぶりついてみた。
うまい。
中身は肉と野菜らしきものだが味噌に近いもので煮込んでいるのか濃厚な味わいがあった。見れば、ヨシツネはすでに半分ほど平らげていた。小皿にあるものも手当たり次第に頬張っている。
三太も、とりあえず食事に集中することにした。
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