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下ごしらえ 五


【すっとぼけても無駄だぞ! おれはしっかり覚えてんだからな!】

 

 声は空から降ってきている。

 三太はそれに気づいたと同時に視線を空へと向けた。

 いた。

 仁王立ちの体勢で宙に浮いている人物。

 

 ヨシツネ。

 

 勇者と呼ばれた存在について、三太はようやく思い出すことができた。

 

「ああ、えっと、この間ぶりですね」

 

【呑気に挨拶してんじゃねえ! なんなんだよ、この状況は!】

 

 ヨシツネの大声が頭の中にがんがん響いてくる。耳を塞いでも音量が下がるわけもなく、三太は思わず頭を抱えた。相変わらずどういう原理なのかわからないが、音量くらいは気を使うことができないんだろうか。


【気づいたら城に戻ってるわ、出撃したことを誰も忘れているわ、街の状況も、あの軍勢もなにもかもがなくなってやがる! 妖術の類かと思ったが、どうにも違うらしい。なら、あのクソ猫のせいだろうが! あいつの屋敷に案内しろ!】

 

 高圧的な態度なのに、三太は何故か不快な気分にならなかった。

 それは、もちろん宙から見下ろす姿があまりに絵になるという事実も理由の一つだろう。三太から見ても美しいと言いたくなるような容姿をしている。凛とした雰囲気。身に纏っている衣服は西洋風で、肉体の線がはっきりと見て取れる。細く長く伸びた四肢と小さな頭。掘りが深くスッと通った鼻筋。なにより、力強い意思が宿った瞳から三太は目を離せない。

 三太はどうしてこれだけ強烈な人物をすぐに思い出さなかったのかを自問する。

 答えたはすぐにわかった。

 三太自身が斬ったと思っていたからだ。

 彼女自身があの場に来たと言う事実そのものを。そして、それに関わる人間の記憶すらも切り捨てたはず。

 それだけの手応えを、三太は自覚していた。

 なのに、覚えている。その事実に三太は素直に驚いた。


「ぎゃあぎゃあやかましいわよ、クソガキ」

 

【おれはガキじゃねえ!】

 

 三太が言葉を失っていると瀬菜が苛立ちを隠さずに言った。

 三太はヨシツネの意識が自身から観世に離れたことを自覚した。離れるまで自覚できなかったが、得体の知れない重圧染みた何かが消えたような気がする。

 威嚇するようにヨシツネは瀬菜を睨みつけている。瀬菜はまるで動じる様子もなく、冷たい目線を向けている。

 が、瀬菜はすぐに三太に視線を向けた。


「ねえ、三太」


「え? な、なに?」


「ある程度揃ったし、帰りましょうか」


「えっと、ええ、でも」

 

 まるでヨシツネのことなどなかったかのような態度。

 それに更なる怒声が飛んでくるかと思ったが、


【なんだよ。今日は随分と素直すぎない?】

 

 何故か、ヨシツネの方が困惑している様子だった。

 瀬菜はそんなヨシツネを無視し、


「さ、行きましょう。今日は楽しかったわ」


 そう言って、文七の屋敷の方へ荷車を曳き始めた。

  

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