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下ごしらえ 参


「いつも通りに朝起きたらこうなってた。でも、誰も気づいてくれなくて、そのままにしてたら家族を失った。それだけよ」


 瀬菜。

 彼女の姓は『星原』。貿易業を生業とし、主に鉱物の流通で財を成した一族である。近隣における商家の中では随一の影響力を持つ家に生まれた彼女は一族の期待の星だった。

 彼女の父は一族の間で異端と蔑まれた男だ。

 取り扱う商品が鉱物の一種という点では一族の伝統を受け継いでいたものの、あまりに異質過ぎたのだ。


 大地の血液。いわゆる石油である。


 今でこそ工業機械や日用用品においても使用されているが、当時はなんの用途に使うのかもわからない代物だった。火をつければ燃えるのは自明の理だが、それであれば油ですむ話。既存の商品の代替品を扱うこと自体、商家の者にとってみれば下策として思えなかったのだろう。一族の者は皆そう考え、彼女の父を腫物扱いした。

 

 けれど、結局彼が商家の長となった。彼は、石油を海外へ輸出したのだ。


 彼の父は海の向こうに商売相手を見つけることに成功し、一族の勢力を飛躍的に拡大させた。異端児が麒麟児へと変わり、その地位を確固たるものとした後、彼は市井の女性との間に娘をもうけた。

 それが瀬菜だ。

 入学時から主席に君臨し、卒業まで一度たりとも陥落したことのない優等生。

 

 それが三太が父親から与えられた情報と三太自身が知る彼女についての全てだった。


「家族を失ったって…」


「別に死んだわけじゃないわ。あんたと同じよ。親子じゃなくなったってだけ。こんな弱みがあっちゃ、商いなんて出来ないってね。そもそも、商いは人間同士でやることだからって。あの人たちから見れば、あたしは人間ですらないってことなんでしょうね」


 瀬菜はどこまでも他人事のように言う。

 それが現実逃避の類ではなく、自分自身の感情を否定しているわけでもないことを三太はある種の共感を持って理解した。

 瀬菜は家族のことなど最早どうでもいいのだ。

 もちろん言われたことややられたことは覚えている。けれど、そう、あえて言うならば。


 三太と瀬菜は家族に失望したのだ。

 

 三太や瀬菜のためと言いながら行った所業の全てが前提から間違っていたということ。少し考えればわかるはずなのに、その行動によって失望されるかもしれないという強迫観念から盲信するしかなかった。

 とは言え、三太の場合は刀だけは自分自身の意思でふり続けた。

 彼女にとっての()がなんなのか、三太は知りたくなった。


「んじゃ、その状態を治すために文七さんのところに来たのか」


「え? 何言ってんの、あんた」



「あたしは燃やすのが好きなの。ここならいくらでも燃やしていい奴が現れるからって来たの」




 

 

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