勇者とは 拾壱
『…小僧、貴様虚しくはないのか?』
三太は男の言葉を無視し、刀から手を離した。
すでに脅威は去った。
三太の一振りで状況は完全に巻き戻ったのだ。
逆に言えば、向こうにとっては再度この世界に侵攻できる状況に戻っただけなのだが、男の言葉に全てが込められている。
「別に。僕は、何度でも斬りますよ」
そう、何度でも。
三太の言葉に男はほとほと呆れたようだった。男はどこか投げやりな態度で視線を外すと、そのまま深く息を吐いた。
「よぉ。これで話を聞く気になったんじゃねえか?」
文七はしたり顔で言う。
男は異世界という境界線の向こう側から鋭い眼光を放つが、それも一瞬で萎えてしまったようだ。男は何度目かわからなくなるほど深く息を吐く。
『委細任せる。貴様らの好きなようにすればいい』
「おう、その言葉を待ってたぜ」
文七は言った。
「条件はこうだ。決戦はこっちの時間で3ヶ月後。場所もこの屋敷。おまえさん一人でやって来い。護衛はもちろんなしだ」
『ついでに丸腰か?』
「もちろん。お前さんが本気なら屋敷ごと俺たちを消し飛ばせるだろうしな」
文七の言葉は正しい。やり直す前に、この男の猛攻を凌げたのは外的要因による奇跡としか言いようがない。三太は何度でも斬ると言ったが、刀を振る前に攻め殺される可能性は十分にあり得る。というか、その未来の方が確実なように思えた。
その事実を文七はもちろん、男の方も理解しているのだろう。
あまりにも無茶苦茶な要求に対しても特に反論する様子も見せなかった。
『他にもまだあるのだろう?』
「ああ。こいつを覚えてきてほしい」
ん?
三太は思わず文七を見た。覚えてきてほしいという言葉が気になったからだ。当初の段取りにはなかった(そもそも現状自体が予定から大幅にずれているが)出来事であり、文七が掲げている冊子のようなものも見たことがなかった。その冊子は、こざっぱりとした装丁で、その表紙に描かれている題名に三太はさらに困惑することになる。
食事作法。
なんで、今、その本が出てくるのか。
『なんだ、それは?』
「こいつは手引書だ。今回の戦のな。まぁ、もちろんあんたにとっちゃ戦なんてもんは慣れ親しんだもんだろうから、すぐに覚えちまうんだろうが」
『当然だな。戦であればおれにわからぬことはない』
「ああ。だから、こいつは隅々まで読み通してくれや。そうすりゃ、今回の決戦の意味もよくわかるはずだ。ちなみに、あんたは食い物の好き嫌いはあるかい?」
『…なに?』
男は怪訝そうに眉を顰める。
三太の方が何故か背筋が寒くなった。いや、戦の話をしていたのに食い物について聞かれたのだから当然なのだが、そこを掘り返されても困る。少なくとも三太には対応できるだけの余裕はすでにないのだ。
『ふん。俺にそれを聞く必要はない。蛮族のゲテモノだろうと王宮料理だろうとなんだろうと腹に入れば同じだ』
「そうかい。なら、大丈夫だ」
何が大丈夫なんだろう。
三太は突然のことに意味がわからず、ただただことの成り行きを見守るしかなかった。
久しぶりの投稿になります。
なかなか物語が進まず申し訳ないです。
完結まで走り切りますので、何卒よろしくお願いします!




