勇者とは 拾
「やらせると思うか? 調子に乗るのもいい加減にしやがれ」
消えた。
今まさに三太たちを飲み込まんとした炎が一瞬で消えたのだ。何が起きたのか、三太には正確に理解できるはずもなかったが、誰がやったのかはすぐにわかった。
文七だ。
彼──いや、彼女は猫の姿から以前見た美女の姿に変貌していた。裸体を晒すのかと三太は一瞬身構えたが、白い着物を纏っている。どうやら、いくら彼女でも空気は読んだらしい。
『なんの手品だ?』
「種も仕掛けもないさ。けど、ちょいと調子に乗りすぎだ。そんなインチキまがいな真似されちゃ、こっちだってズルの一つもしたくなる」
『インチキ? それは貴様らのことだろうが』
呆れ混じりの言葉には、これでもかと言わんばかりの感情が込められているような気がした。
…冗談じゃない。
三太はそう吐き捨てたくなった。
確かに、文七や三太の能力は異質なものだろう。けれど、それだけだ。炎に身を焼かれ続けても絶命しないなんて出鱈目が一番おかしすぎる。
「どの口で言う。お前さん、さては不死身だな?」
文七の言葉は正しい、と三太は直感した。
炎に身を焼かれ続け、肌が焼け爛れ続けているのに男は平然としているようにも見えた。どころか、徐々にではあるが肌が元に戻り始めているようにも見える。炎の勢いは増すばかりなのに、どうしてそんな逆転現象が起こるのか。
三太はいい加減自分の常識を忘れることにした。
そういうものだと理解しておけば、その次の瞬間に対応できる。
とにかく、今は自分のすべきことに専念するべきだ。
まだ、足りない。
何が足りないのか自分自身理解できないことが三太にとっては地獄のようなもどかしさだった。
『ふん。それで、貴様らは何をしたい?』
「はじめっから言ってるだろ。戦争だよ。あんたとあの娘のな」
そう言って文七は屋敷の方を指した。
市村ヨネ。
本来は真っ先にこの男に立ち向かうべき少女は、真っ青な顔で縁側に立ち尽くしている。それを視界の端に納めながら、三太は何故か苛立ちを覚えている自分に気づいた。
『この後に及んで、それか』
男の声には失望の色が如実に現れている。
三太は、それが心底気に入らなかった。
「ねえ、市村さん」
自然、三太は市村ヨネに声をかけた。
視線は男から外さない。
男から怪訝そうな眼差しを向けられ、それもまた気に入らなかった。
この男が意識を向けるのべきなのは彼女のはずだ。何が起きようとも、喧嘩相手から目を離す馬鹿がどこにいる。ましてや、宣戦布告をかました相手を無視するその態度。
全てがどこかで見た光景そのもので、三太は自分自身の準備が整っていくことを感じた。
それでも、まだ足りない。
「腹が立ちますよね。情けないですよね。怖いですよね」
言葉が粒のように溢れた。
三太の意識の大半は男に向けれらている。だから、言葉を選んでいるわけじゃない。思ったことをそのまま言っているだけ。それが彼女にどれだけ伝わるのか三太にはわからなかったが、とにかく言葉を続けた。
「それでも、戦うことを選んだんですよね? なら、戦わなくちゃ」
そう、戦わなければ何も得られない。
たとえ、実家から勘当されようとも、家族を失おうとも。
それでも、戦わなければ何も得られないのだ。
なんの価値もない自分。それを押し付けた誰か。
少なくとも、押し付けられたものを返すことができるのだから。
それは、思いの外、
「また逃げて、後悔するんですか?」
痛快だった。
三太の言葉が響いたわけじゃないはずだ。
けれど、きっかけにはなったのかもしれない。
庭の砂利を踏み締める音。おっかなびっくりだけれど、しっかり一歩一歩進む音。
それは、三太のすぐ傍で止まった。
「斬って」
一言。
低い声で告げられた明確な意思に、三太は市村ヨネの覚悟を感じた。
これで十分。
三太は全身全霊の一撃を放った。




