勇者とは 捌
「どうした、三太ぁ!」
文七の声。
困惑した響きに三太の方が困惑した。
見えていないのか?
その事実を確認すべきかどうか、三太は数瞬迷ったが諦めた。迷っている間も奴からは決して視線を外さなかった。
だからこそ、一刻の猶予もないと三太は確信した。
緩慢な動きは明らかにヨシツネの能力の影響下にある。おそらくは対象の時間を遅らせる能力。未だに空中に停止しているのはその証拠で間違いない。そもそも、三太の目から見ても未だに豆粒みたいな大きさにも満たないのだから地上に到達するのは不可能だ。それこそ、ヨシツネが能力を解かなければただ燃え尽きるだけだろう。
けれど、三太は脅威を感じた。
目だ。
時の流れが違うはずなのに、明確な意思を持った視線が三太を見ていたのだ。
その事実だけで三太は必殺の一撃を放つことを決めた。
けれど、足りない。
三太の理想とする一撃にはまだ程遠い。
それでも、ここで放たなければ全てが終わるという確信があった。
いや、それでも遅い──っ!
「逃げろぉおおおおっ!」
叫ぶ。
三太が刀の柄を引き抜く前に、衝撃が叩きつけられた。
回る視界。
全身を襲った衝撃は三太から肉体の感覚そのものを奪いさった。緩やかに流れる視界は走馬灯のそれだ。周囲に弾け飛ぶの屋敷の残骸と庭の木や土。そして、見知った誰かの背中や散り散りになった肉体の一部が宙を舞っていて。
『この程度か』
声。
時間の感覚が狂った状況なのに、何故か三太は明確に声を聞き取ることができた。
強烈な視線はより強さを増している。三太は回転する視界の端に視線の主人を見た。
嗤っている。
全身に炎を纏いながらも、全身を焼き尽くされながらも嘲笑っている。爛れた肌、黒炭と化した右腕、異形の刀を握る左腕はだけは巨木のような豪腕を維持している。面貌には面影すらなく、眼球のある位置から強烈な意思だけは感じ取れた。
死に体、なのに。
こんな状態なのに、この男は明確な意思を持っている。あと数秒。下手をすれば次の瞬間にも絶命してもおかしくないはずなのに、肉体の限界を容易く超えている強靭な精神性。そのあり方はおよそ武を志す人間であれば理想としかるべき姿ではないか。
少なくとも、三太にはそう見えたし、緩やかにしか進まない時間感覚の中でそんな感情を抱いた。
だからこそ、許せない。
そんな理想の体現なんて普通ではあり得るはずのない理不尽な事象が襲ってきて、どうして納得できようか。
三太は己の裡に湧き上がる感情にまかせ、一息に刀を振るった。




