勇者とは 柒
【死ね、ブス、カス、クズ、クソッタレ】
延々と悪態をついているのに、何故か悪印象を抱かない。目の前で拗ねたような表情を浮かべながら見上げていることが要因なのか、それとも美少女と見紛うほどの可憐な容貌のせいだろうか。
いや、違うなと三太は思った。
と、同時にある種の既視感であることを理解した。
あれだ、年下の後輩だったり弟に抱く感覚みたいなもんだろうか。ある種の愛嬌に近いものがあることを三太は見抜いたのだ。
「相変らずだなぁ、ヨシツネ。お前さんはどうしてそう口が悪いんだい?」
【クソ猫! お前、マジであの女なんとかしろよっ! なんなんだよ、今の! 下手すりゃ焼け死んでたんだぞ!】
「日頃の行いってやつじゃねえか?」
【ふざけんな!】
真剣に激怒する様子も何故か面白い。文七が誰かをイジることに驚いた三太だったが、彼──ヨシツネの反応が良すぎて構いたくなる気持ちはわかる気がした。
そんな三太の思考を読まれた訳ではないだろうが、
【あん? 誰だ、てめえ?】
すごい目で睨みつけられた。
敵意丸出しの視線に三太は一瞬面食らったが、何故か不快感はそれほどない。三太は正直に自分のことを名乗った。文七の助手であることも含めて。
【助手だ? マジかよ、また新しい奴を雇ったのかよ】
「こら。言い方ってもんがあんだろうが」
【どの口で言いやがる。おれが知ってるだけで六人目じゃねえか】
六人目。
はじめて聞いた事実に驚くと同時に、何故か妙に納得する自分に三太は気づいた。そもそも、これだけ出鱈目な状況だ。常人であれば市村ヨネの屋敷に言った時点で逃げ出しているのではないだろうか。
そうならなかったのは、三太自身が逃げ出すこともできなかったからだ。行く当てもない人間はどれだけ環境が異常だろうと居場所がある時点で離れることなできるはずもない。
助手という立場を与えられた時点で、三太は退路を失っているのだ。
なにせ、無職。
しかも、長男でありながら父親に勘当された厄介者なのだから。
【あんたも苦労してんだろ。可哀想にな】
バカにされたような言葉だったが、本気で同情しているようにも見える。というか、頭に響く声にそういう感情が込められているのを三太は感じ取った。
「いや、感謝しかしてないよ」
【へえ、マジじゃん。あんた、随分素直なんだな】
「え?」
三太の言葉がよほど意外だったのか。
ヨシツネは三太を本気で感心したように見ている。
これまでの視線とはまるで違う感覚に三太は何故か一歩引いてしまった。妙な既視感。そうだ、瀬菜がたまに三太に向ける視線に似ている気がする。
「おう。そろそろ決着が着きそうだぞ」
「え?」
突然の文七の言葉に三太は一瞬惚けてしまった。
けれど、見上げる文七の視線の先を察して三太は息を飲んだ。
三太はゆっくりと文七の視線を追った。
空が燃えている。
一面の空が、暗雲のように渦巻く黒煙と赫赫と燃え盛る炎で埋め尽くされている。
無数の空飛ぶ船は未だにその裡に囚われ続け、その巨体を徐々に灰に変わっていく。未だにヨシツネの能力の影響下にあるのか。緩慢な動きのまま落下していく砲弾は、爆発することもなくその形が崩れていく。
地獄絵図というにはあまりに神秘的すぎた。
今、この瞬間にもあの艦隊に乗りこんでいる無数の人命が失われている状況であることを理解しながら、三太は見惚れるように見上げ続けることしか出来なかった。
「──嘘だろ」
だから、気づいた。
大炎の海原の只中にあって、なお鮮烈な気焔を吐く存在に。全身を炎に舐られながらも、大笑しながら迫る怪物。五枝に分かれた大剣を掲げながら、嬉々として落下し続けている。
その切先がどこに向いているのかなどあまりにも自明の理すぎて、三太は刀の柄に手を添えた。
と同時に、屋敷の屋根に飛び乗った。




