勇者とは 弐
「あれが、勇者ですか」
「そうだ。口の悪い奴だが、まぁ、頼りにはなるわな」
文七の言葉はどこか矛盾しているようにも聞こえたが、まぁ、そういうものかと三太は納得した。三太とて武家の出だ、こういう荒事というか戦闘ではああいう輩の方がはるかに頼りになるのを十分に理解している。まぁ、正直言えば普段はあまり関わり合いたくはないが。
三太の視線の先で男は相変わらず同じ姿勢を保ったまま。
もちろん、宙に浮いたままだ。
「遅れてるってこと、ですか?」
「おお、よく気づいたな。そうだ、あいつはな」
「時を操るんだとよ。なんとも面白味のねえ能力だがな、こういう時には役にたつ」
ゆっくりと。
ほんとうにわずかにではあるが軍艦や砲弾が移動しているのが三太にも見てとれた。
慣性を無視した動きを三太も不思議に思っていたが、あの男が妙なことをしているというならそうなんだろう。
時を操るというのは正直意味がわからないが、それがこの状況ではかなり有用であることを三太は見てとった。圧倒的な物量の攻撃を停滞させたのだ、それだけで十分すぎるほどの戦果と言えるだろう。
三太は見上げていた視線を下げ、周囲を見回した。文七の屋敷自体に被弾はないようだったが、近隣からいくつもの煙が空に上っているのが見える。もうもうと空に伸び続けるそれらは上空の勇者の能力の影響を受けていないようだった。
このままだと延焼を起こす恐れがある。というか、まずはこの場所から離れた方がいい。砲弾が飛んでくる時点で三太達に対処する手段はないのだから。
三太は文七に言った。
「文七さん。とりあえず、ここから離れた方がいいんじゃないですか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。火消しの連中もすぐに駆けつけるだろうさ。そもそも、この屋敷はああいう砲撃に対しての対策できてる。下手な場所に逃げ込むよりもずっと安心できるのさ」
対策。
三太には確かに格式高い武家屋敷には見えたが、大砲に耐えるような場所には到底思えなかった。が、文七がそういうならそうなんだろうと納得するしかない。正直、三太にはこの状況下で正解の選択肢を選ぶことなどできるはずがないと諦めてもいたからだ。
三太に出来るのは一つだけだ。
刀の柄に触れ、その時に全力を出せるように意識を集中する。
「ほお。やっぱり、刀に触れた時は雰囲気が出るな」
「…そう、ですかね? 自分ではよくわからないんですけど」
「からかったわけじゃねえ。普段のお前さんからは考えらんねえほどおっかねえ雰囲気が出てるからな。どうだ、切れそうか?」
文七の言葉の意味を、三太は正確に読み取った。だから、正直に答えた。
「いえ、まだ斬れるとは思えません」
「そうかい。まぁ、なんとなるだろ」
文七は懐から煙管を取り出し、一息吹かした。…三太にとってはこの煙管も謎な代物だった。火を点けていないはずなのに、文七が咥えるだけで煙が出てくるのだ。
地味ながら、三太にとっては最も謎な逸品である。
三太自身がそんなどうでもいい考えを抱くほど余裕が出来たことに気づいた。
だから、
「気をつけろ。やっこさん、動いてきたぜ」
文七の言葉に三太は軽い衝撃を覚えた。
三太は再び空を見た。
明らかに動きの遅い砲弾や軍艦などの鉄の塊と空に浮いた勇者。
そして、新たな人影がいくつか空に浮かんでいた。




