手紙 参
「歩み寄るなんて絶対に嫌。そんな真似するくらいなら一撃で仕留めてやるわ」
文七の言葉に市村ヨネは鮮烈な敵意で返した。
真っ向からの否定には流石に言いすぎだと三太は感じたが、同時に文七に対しても話が違うと違和感を覚えた。
そもそも、奇襲をかけると言ったはずだ。なのに、どうして和解案が出るのか。
「別に馬鹿正直に下手に出ろってわけじゃない。ただ、ここで懐に入った方が喧嘩しやすいって話さ」
「? どういう意味かしら、猫さん」
「相手の情勢もわかった。目的もわかった。なら、あとは落とし所をどこにするかだ。お前さんを引き渡しても、お前さんの娘を連れ戻して継承権とやらを押し付けて向こうに引き渡してもダメ。じゃ、どこで終わりにする? 言っとくが、殲滅戦なんて自殺じみた真似は絶対にやらねえし、その場合は問答無用で三太を突き出すしかなくなるぜ?」
「それは駄目」
「なら、どうするかってことだが」
「とりあえず、文通でもどうだ? もちろん、まどろっこしい真似はしねえ。一度で全部済むように、おれが段取りしてやるよ。あいつらの座標を教えな、お姫様」
✳︎
「なんだ、それは」
一枚の紙に紋章が一つ描かれている。手紙というにはあまりに異質な代物に、さしもの彼も怒りより不可解さが勝ってしまった。相手を侮蔑するでもなく、挑発するでもなく。実の娘からの久しぶりの便りというにはあまりにもわけがわからない。
もちろん、周囲に侍る面々も同じような表情を浮かべているのだった。
「重ねて申し訳ありません、主人様。これは親子で通じる暗号か何かの類でして?」
「ふざけろ。俺とあれの間にそんな甘い思い出はない」
「重ねて申し訳ありません、主人様。では、これはどういった意図があるとお考えで」
「知るか」
彼は使用人を意識から消し、目の前の手紙へ集中した。けれど、印象はまるで変わらない。あくまで紋章が一つ描かれているだけで、他のメッセージは書かれていなかった。であれば、紋章に意味があるのか。
そう彼が思っていた矢先、
『お久しぶりです、お父様』
そんな声が響いた。
「…なるほど、そういうことか」
彼は素直に驚いた。
目の前の紋章から市村ヨネの声が聞こえている。
どうやら、紋章のように見えたこれは魔法陣そのものだったということだ。それも、彼の世界では決して成し得ない高度な技術力を使っている。異世界間での通信など彼の世界では決して実現することのできない技術の一つなのだから。だからこそ、あんな小さくも脆い欠陥品の球体に大金を注ぎ込む羽目になったのだ。
『聞こえていらっしゃらない? それとも娘の声もわかりませんか?』
彼が技術力に関心を向けているとそんな非難じみた声が聞こえた。正直煩わしい。向こうからすれば数十年ぶりの再会となるのだろうが、彼にとってはそうでもない。映像で見ていたし、そもそも敵対している状況なのだ。
そう、この小娘のせいで国家戦略における重要なツールを失ったのだ。それを王がただ許すのもおかしい話だ、と彼は判断を下した。
だから無視することにした。言いたいことを言わせた後、王の裁可を聞かせてやればいい。
『相変わらず、私の話は聞いてはくださらないんですね。であれば、こちらにも考えがあります』
直後、紋章魔法陣が光を放った。
瞬間、室内に緊張が走る。どれだけ主君を馬鹿にする配下であれど、彼と共に戦場を駆け巡った経験は伊達ではない。膨れ上がった殺気は尋常でなく、その反応も妥当なものだった。つまり、『即殺』である。かつてと変わらぬ身のこなし、反射速度、判断能力。その片鱗を間近に見て、彼は自分でも驚くほど高揚した。
だから、
「動くな」
その言葉に、魔力を込めたことも無意識のことだった。
瞬間、世界が止まる。
動き出していた配下達はもちろんのこと、輝く紋章の向こう側にいるであろう娘に対しても響いたはずだ。
だから、紋章の輝きが何かを仕出かす前に止めたと確信した、はずだった。
「ほう?」
けれども、輝きは増し続ける。瞬く間に視界を白く染め上げて、
『改めて、お久しぶりです。お父様』
そこに、彼の娘がいた。
うっすらと透けて見えるのは実体がこちらに来てはいないことの証左か。彼はとりあえず、自身の言葉に従わなかった娘に笑顔を向けた。あの頃より、少しは度胸がついたらしい。
「おう。初めから顔を見せろ、馬鹿娘」
彼自身驚くほど気安い言葉が出た。画面越しにいつも見ていた姿。あまりにつまらなすぎたはずの姿から眼が離せない。
眼だ。
丁寧な言葉とは裏腹のギラついた眼差しが彼の琴線に触れた。我が娘ながらいい目をしている。彼の全てを食い尽くそうというギラついた野心と復讐心。
彼は彼女が何を言い出すのか期待を込めて見守ることにした。
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