ある男の話:死んでしまうとは情けない!
燃えている。
赫赫たる炎が舐るように這い回り、室内を彩っていた調度品の数々を灰に変えている。すでに使用人を含めた大多数の人間は逃げ去り、彼だけがただ玉座に君臨していた。
彼は王だ。
七大大陸の覇者であり、偉大なる始祖から数えて八代目となる大王。数多の戦場を駆け、無数の勇者を葬り去った偉大なる英雄。その全霊を祖国の繁栄に捧げ、史上最大の版図を得た男が激怒していた。
「あのクソガァキィイイイイ…っ!」
呻くような声が地鳴りのように世界を震わせる。当人はまるで気づいていないが、その言葉に込められた呪詛に当てられただけでどれだけ魂を奪われる者がいるだろう。そも、彼の存在自体が規格外。この世界にあって、この世界の条理から外れたる者。
であるが故に、彼は王なのだ。
誰もが彼に従い、誰もが彼にひれ伏す。
灼熱地獄の只中にあろうともただ唯一無二。
そんな完成された世界に、
「まったく、相変わらず忍耐というものがありませんな」
なぜか、誰かの声が響いた。
「なんだとぉおおっ?」
傍に。
彼を讃えるように燃え盛る炎の中に、男はいた。
若く美しい男だった。全身を舐る炎に侵食されつつも表情を崩さず、玉座にある彼を見下すような視線を向けている。貼り付けられた薄ら笑と中性的な顔立ちは男慣れした御婦人だろうとも心ときめかすことだろう。
事実、この男は彼の幕下において数々の浮名を流した男だった。
「この役立たずがぁあああ、どの面下げて出てきやがったぁああっ!」
「おやおや、随分とご立腹なご様子。はて、この私には心当たりがございません。よろしければ、ご教授願いますか、閣下」
彼と男の立場の違いを考えればあり得ない言葉だ。
そもそも、こんな若造風情が彼と対面することすらあり得ない。
あり得ないことづくめの状況にまるで気づかない男に対して、彼は幼児の稚気に対する怒りに近い感情を持った。
荒れ狂う炎。
男は、まるで巨大な手で掴まれるように頭部以外を炎に包まれながらも未だに涼しい顔をしている。
「ふむ。これは中々に苦しいですな」
「ふざけるなよぉおおお、きさぁまぁ、いつまで、ふざけてやがるぅうううっ!」
「と、申されましても」
困ったような笑顔を男は浮かべる。
だめだ、と彼はようやく悟った。
まだ寝ぼけてやがる。
彼は燃え盛る炎の一角を指した。
そこに、彼の使用人がいたからだ。
既に灰すらなく、この世界に存在した痕跡すらなかったが。
「お前がヘマをしたからだろぉがぁああああああっ!」
「なんとっ!」
そこで男は歓喜の表情を浮かべた。
「おお、私よ死んでしまうとは情けないっ!」
数百年の時を共にした使用人は、主人である彼に殺された自分に対して笑みを浮かべながら歌うように叫ぶのだった。




