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一言


「愚問ね。どうして私が坊ちゃんの言う通りにしなければいけないのかしら」


「ま、そりゃそうでしょうな。貴女が私の言うことを聞くような方ではないことはよくわかってますよ。ええ、本当にね」


 どうでもいいが酷い絵面だ、と三太は思った。

 少女と中年親父の対話。認めたくないが中年親父が男前であり、異国風の美少女の中身が年練不詳なババアであってもいかがわしい状況にしか見えない。

 ダメだ。集中力が削がれている。こんなどうでもいい考えが頭に流れるのは、話が全くどうでもいい方向に向かっているせいだと三太は思った。

 実際、世間話のような雰囲気になってきている。

 お互いに要求を遠回しに、あるいは小出しにしているのがどうにも聞いていて座りが悪い。


 何より、ここまで三太と同じように放置されていた橘天が噴火寸前だった。


 一見すれば、この状況にもまるで動じていないように見える。というか、むしろ無関心そのものの態度だ。

 けれど、三太は知っている。こういう時ほど、まずいのだ。やけっぱちになった時ほど橘天は何をしでかすのかわからないのだ。


「…いい加減にしてください」

 

 静かな、それでいて聞く者の注目を集めるのには十分な声だった。会話が途切れた場面だったこともあるだろうが、それでもこの室内の主導権を握ることには成功した。

 そんな真似になんの意味があるのか三太にはわからなかったが、何が起きても対応できるように意識を切り替える。

 刀がなくともできることはある。それは、三太だけではなく橘天にとっても同じなのだ。

 

 といっても、まぁ。


「やめときな、お嬢ちゃん」


 結局、何も出来ないのだが。


 文七の眼光だけで橘天は出鼻を挫かれたように見えた。三太の目から見ても明らか過ぎる挙動。明確な力の差を室内の全員が見てとった。わかりきっていたことだったが。

 

「暴力はダメだと言ったはずだ。君はまだ子供だから何度でも言うがね、そういうことをすると誰も力を貸してくれないよ」

 

 遂には味方にまで匙を投げられる始末。

 さすがに見ていていてかわいそうになったが、三太は違和感を覚えた。

 なぜか、三太の目には橘天が余裕を取り戻したように見えるのだ。


「市村ヨネ・アナスタシア」 


「何かしら、お嬢さん」


 市村ヨネの声にからかうような響きが込められていたのは三太の聞き間違いじゃないだろう。それでも橘天は揺るがない。彼女は無造作に一歩、二歩、三歩と市村ヨネへと近づいていく。

 そこに敵意はなく、害意もない。

 だから、三太はもちろん文七や鏑木まで反応が遅れたのだ。

 ただし、おそらくは市村ヨネだけはその動きに反応していた。だからこそ、橘天が目の前に来るまで動かなかったのだろう。

 橘天は市村ヨネに向かって、


「当主からの伝言です。『娘を助けたければ屋敷を手放せ。後はまかせろ』とのことです」

 

 またもわけもわからないことを言った。

 

 

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