不快な男 弐
「お初にお目にかかります。月夜野家使用人橘天と申します。当主である月夜野月光の名代として参りました」
端的な言動と平坦な声音。
整った顔立ちをしていうものの、能面のような無表情も相待ってみる者に冷淡な印象を与えている。事実とてつもなく冷淡であることを三太は知っている。幼い頃から何度も何度も繰り返し血反吐を吐かされてきたのだ。その人間性までも三太はよく理解していた。
「彼女が貴女の身元引受人だ。悪いが私にはそれを覆す権限も理由もないのでね、大人しく従ってくれるとありがたい。申し訳ないがね」
いけしゃあしゃあと鏑木は言った。
誠意のない謝罪ほど気持ち悪いものはない。三太は鏑木を完全に敵と認識し、この状況下ではなんの影響力も持たない人間として見限った。
同時に、商組合からの応援が期待できないことも理解するしかなかった。
というか、下手すればというかなんというか、
「そうですか。なら、仕方がないですね」
ここは既に戦場になったのだ。
三太は刀の柄を握った。全員の挙動に意識を向け、重心を傾ける。座った体勢のままだが、三太ならこの状況を一振りで変えることができる。
「相変わらず馬鹿ですね、三太」
が、それを即実行することはできない。
橘天は三太を見ている。
いつの間にか鞘から刀を抜き、だらんと下げた左腕に握っていた。入室する時には、確かに腰に差したままだったはずなのに。相変わらずの抜け目のなさに三太は舌打ちをしたくなった。
「もう二度とあなたには抜かせません。少しでも動いた瞬間にあなたの首を撥ねます」
相変わらず物騒なことを言う。
けれど、三太はそれがはったりでもなんでもない事を知っている。稽古の時も腕を折ると宣言され、その通りにされたこともあったのだ。
だから、ここは動くわけにはいかない。いや、正直に言って三太は動けなくなってしまった。
「こらこら、幾らんでもはしゃぎすぎだ。ここでは刃傷沙汰が御法度だってくらいわかるだろ?」
ふっと、三太が握っていた刀の柄の感触が消えた。
落としたのでもなく、ずれたのでもなく。なんの前触れもなく消えたのだ。
三太は思わず視線を手元に移す。
瞬間、全身に鳥肌が走った。
首を刎ねられる。
これほど間抜けなことはない。死合いの時に視線を外すなど言語道断。稽古の時ですら半殺しにされるほどの失態をこの冷酷無比な女が見逃すはずがない。刹那の間に迫る刃から逃れようとして、
「邪魔をするつもりですか?」
橘天が三太から意識を外していることに気づいた。
どっと全身から冷や汗が噴き出した。
と、同時に橘天の視線を追った。
「規則は守ってもらわないとね。それに、子供の喧嘩を止めるのは大人の役目だろう?」
両手に刀を二つ。
座ったまま三太と橘天の刀を奪い、鏑木亮平は意味ありげに笑った。
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