当たり前のこと
今年も一年ありがとうございました。
来年は投稿ペースを増やしていきますので何卒よろしくお願いします。
月夜野家。
三太の生家であり、とある武術を継承する武門の一族。その歴史は古く、一子相伝の秘技の他、他の武家を吸収して権力の拡大を図ってきた。三太はその嫡男として生まれ、使用人たちと共に幼少の頃から『武』を叩き込まれた。使用人たちは一族の分家であり、三太の姉妹も含まれる。その中にあって、三太は絶望的なほど武才に恵まれなかった。
だからこそ、三太の父親は勘当を言い渡したし、使用人ですら彼を引き止めなかった。
それでも、彼が刀を肩身離さず持ち歩いているのはそれだけが彼の唯一無二の取り柄だからだ。
武才の欠けらもない男が『武』の象徴である刀を取り柄とする。
その矛盾。
それこそが、彼が生家を追い出された原因である。本人は未だ気づいていないが。
✳︎
一閃。
手応えはあった。
三太は残心の体勢のまま、ただその時を待った。
何度も、何度も、何度も。
刀を振るった回数はもう覚えていない。三太は物心着いた頃から刀を握っていたのだ。稽古の時はもちろん、不思議なことに、あれだけ稽古では刀を握ることも嫌だったのに、一人になっても必ず振っていた。
三太自身、ただ刀を振るうだけならば誰よりも上手い自信があった。これだけは、使用人にも父親にも誰にも負けないという絶対のもの。
けれど、それが三太を救うことはなかった。
「おい」
文七の声。
三太は残心を解いた。
「…お前、一体何をした?」
「すいません、斬っちゃいました」
澄み渡るような青い空が消え、三太の目には薄暗い洋室の風景が見えている。ふかふかのソファ、天井からぶら下がる瀟洒な照明、広いテーブルの上には色とりどりの菓子が所狭しと並んでいる。
そして、
「おいおい、どれだけ出鱈目なんだよ…」
この館に来た時の姿と変わらぬままで、市村ヨネは眠っていた。まるで人形のように力なくソファに身を委ねていたが、死んでいないことを三太は確信している。証拠に胸がわずかながら上下に揺れているのが見てとれた。
文七はまだ信じられないのか、恐る恐る市村ヨネに近寄っていく。彼女の柔らかい頬に触れ、首筋へと手を持っていった。
「は、本当に生きてやがる。間違いなく死んでたってのによ…!」
当たり前だと三太は思った。
三太はうまく斬ったのだ。あの手応えでし損じることはありえない。むしろ、斬る前よりも良い状態に持っていった自負がある。それだけ会心の一撃だった。
三太の心を読んだわけではないだろうが、文七はじろりと三太を睨んできた。
「…いい加減説明しろよ。何が起きて、お前さんが何をしたのか。こんなの初めてでよ、さっきからイライラしてしょうがねえんだ」
ぞくりと三太の背筋に寒気が走った。
怒り。
剥き出しの感情を叩きつけれたのだ。文七の眼差しには燃え盛るような強い意志が込めれられている。今までの柔和な印象が遥か彼方に消え去るほどの重圧を三太は感じていた。
けれど、大丈夫。
こんな状況は、はじめて刀を振るった時から何度も起きている。むしろマシなほうだ。なにせ、いきなり切りかかってこないんだから。
だから、三太は正直に話した。
「だから斬ったんですよ。気に食わなかったんで」
いつも通りに正直に。
どうせ、結果は変わらないのだから。




