オチる
びゅうびゅうと荒れ狂う風の音が、三太の思考を散り散りに引き裂いている。
三太は冷静に状況を把握しようと努めていたが、どうしても騒がしい風の音が気になって何が起きているのかを理解できないでいた。いや、違う。そんな些細なことを理由にして、目の前の現実を受け入れないようにしているのだ。
他ならぬ三太自身が。
証拠に、傍で血塗れになって倒れ伏した少女を意識から完全に除外していたのだから。
「三太ぁっ!」
文七の声は当然三太にも聞こえている。
けれど、反応できなかった。
わかってはいるのだ。このまま呆けていても何も変わらないことは。むしろ、状況が悪化していくだけなんてのは子供にだってわかる。せめて、なりふり構わず逃げることが出来れば文七の足を引っ張ることもないのに。
文七と対峙する球体がそれを許さない。
『──まったく、あなたには本当に失望しました』
淡々と。
ただ淡々と言葉が降ってくる。
球体は三太達を見下ろしながら──いや、血塗れの少女へ向かって言葉を振り下ろしているのだ。
響く言葉には明らかな怒りが込められている。
不意に、文七が煙管の先端を球体へと向ける。その行為に意味があるのか、三太には理解できなかったが球体は脅威を感じ取ったようだ。
少女から文七へと明らかに意識が移った。
『重ねて謝罪を。申し訳ありませんが、部外者が立ち入って良い話ではございません。大人しく見ていてくださるならば痛い目を見ることもありませんが?』
「重ねて言わせんなよ。切った張ったなんて野蛮すぎるぜ。それにお前さんのその慇懃無礼な態度が気に食わねえ。少しは大人しく黙ってたらどうだ?」
『重ねて謝罪を。私の態度が気に触ったのなら申し訳ございません。どうにも猫如きが煙管を吹かすこの世界の価値観に疑問を覚えておりまして。猫は猫らしく猫じゃらしでも咥えていたらどうですか?』
「──おれは猫じゃねえ」
ばちりと火花が散ったような錯覚を三太は覚えた。
宙に浮かぶ球体と文七の間の空気が張り詰めていく。
三太はそれを傍で見つめながら、全く違う理由で動けなくなっていた。
それは、すぐ傍で血塗れになったまま動かない少女のせいだ。
どくんどくん、と。
三太は力強い鼓動を感じている。
直接肉片に触れているわけでもないのに、あまりにも生々しい脈動が三太の思考を奪っている。生きている。真っ白な頭のまま、三太はただその事実を球体に悟らせてはいけないと直感した。
だから、視線も向けず、かと言ってそれ以上なにもできずに動かないままでいることしか、三太にはできないでいる。
「おい、三太ぁっ!」
「は、はい!」
文七の二度目の怒号。
思考停止に陥っていた三太はまたも強制的に目を覚まされた。
「歯を食いしばれっ!」
「え、ええっ?」
殴られるっ?
唐突すぎる言葉に三太は一瞬ビビったが、
「トぶぞっ!」
次の瞬間、文七の言葉が正しかったことを理解した。
周囲の風景が一変したのだ。
黒く厚い雲が消え、澄み渡った青色が視界いっぱいに広がった。それがなんなのか、一瞬三太は理解できなかったがすぐにわかった。
空だ。真っ青な空がそこにある。
当然と言えば当然の話。雲が晴れればそこには空が広がっている。けれど、一瞬で全てが変わったせいで三太が認識できなかったのだ。風の音がうるさい。さっきまで聞こえていた音よりも遥かに大きく響いて、というか、背中に叩きつけれ続けているような感覚もあって、なんでか足元が不安定というか、そもそも地面の感覚がまるでないような、というか、
「落ちてるぅううううううっ?」
叫ぶ声も風にさらわれ聞こえない。
三太は懸命は全身でもがいたが何も掴めない状況に、ただただ声をあげるしかなかった。
久しぶりの更新になります。
ペースが遅く申し訳ありませんが最後まで完走しますので何卒よろしくお願いします!




