幽霊屋敷 参
「なるほど。つまり、子供を愛してるってわけだ」
「あら? 子供は大切にするものでしょう。大切に出来ない世界はすぐに滅びるわ。いえ、滅ぶべきね」
「違えねえな。……むぅ」
「ちょ、大丈夫ですかっ?」
文七はカップに口をつけ、直後にものすごい渋い顔をした。
いや、渋い顔というかなんというか猫の顔のせいか、それはもうすごい迫力の顔だ。言葉とは裏腹に、三太が本気で心配する程度には尋常でない様相だった。
「あら、コーヒーは苦手? ミルクと砂糖を足した方がいいかしら?」
「ん、頼む」
「意外に甘党なのね、貴方」
少女はそのまま文七からカップを受け取り、角砂糖とミルクを足していく。
その様子を見ながら、三太はふと全身の力が抜けるのを感じた。うまい具合に三太と少女の会話が途切れたからだ。文七の気遣い、というか機転であることに三太は気づいた。
名前だけは口に出すな。
文七から言いつけられたことを守るには、言葉通りに対応すればいいわけじゃない。そもそも会話をしなければいい。あくまで三太は助手でしかないのだ。その上、はじめての渡来人との対面。まずはその雰囲気やら流れを見ていればいい。
さっきみたいに質問を投げかける必要なんてない。むしろ、邪魔なだけである。
三太は今一度自分の立ち位置を思い出しながら、これ以上余計なことをしないこと誓った。カップに口をつける。
意外に、自分の好みに合いそうだと思った。
「あら? あなたは平気なのね」
「はい?」
「苦くない?」
「え、ああ、はい。美味しいです」
「さすが男の子♪」
…なんだかさっきから調子が狂いっぱなしだ。
三太はカップを啜りながら、どうして、さっきみたいな真似をしたのか理解した。捉え所のないところはもちろん、なんというか敵意がなさすぎる。ご老人が向けてくれる善意と言えばいいのか、目の前の少女は中身が完全におばあちゃんそのものなのだ。
といっても、三太の祖母は三太が生まれる前に死んでいる。記憶にあるのは現在の使用人たちの祖父母。代々月夜野家に仕えてきた御仁たち。思えば、同年代の彼ら彼女らとは冷え切っていたがあの人たちは三太のことを家族と看做してくれていたのかも知れない。
今更、そんなことを思い出しても仕方ないなと三太は彼方へ飛んでいた思考を現実へと引き戻す。
「だめだ。もうちょいくれ」
「え? 私、大分甘くしたつもりだったけれど」
「足りねえな。それ、貸してくれ」
少女から再度カップを受け取った文七は少し啜るだけで険しい表情を浮かべた。その上、少女に対して砂糖の入った瓶を要求し、受け取った時点で逆さまにしてしまう。
どぼどぼとカップから溢れる黒い液体。中心部に生まれた白い固形物が黒く濁っていく様に、三太は背筋がぞわぞわしてきた。
少女ですら唖然とした表情を浮かべ、三太も含めた二人の視線を無視して、文七はカップを持ち上げた。
口をつけて一言。
「うん、俺にはこれくらいがちょうどいいや」
「…そんなに甘いと体に良くないと思うんだけどなぁ」
さすがに引き攣った笑顔を浮かべる少女。三太も同様な気持ちだった。
それでも美味しそうにちびちび飲む姿が愛らしいのがなんだか悔しい。
「で、だ」
文七はカップを半分ほど飲み切ってから、切り出した。
三太は、てっきりお菓子の方に手をつけるもんだと思い完全に気が抜けていた。けれど、文七の雰囲気が真剣だったので、伸ばした手を引っ込める。
文七は、
「お前さんは、なんでこの屋敷に残り続けている? このままここに居続けたどうなるのかわかってるだずだ」
そう切り出した。
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